コラム

尖閣問題にも動じない国際都市・東京の日常

2012年10月24日(水)06時47分

今週のコラムニスト:ジェームス・ファーラー

〔10月17日号掲載〕

 9月のある日曜日、妻と私は娘を初めて都内の中国語学校に連れて行った。この週末のクラスに集まる800人の生徒はほぼ全員、日本の公立校に通っており、週一回の中国語の授業は習い事の域を出ない。大半は日本人と中国人を両親に持ち、残りは長年、日本で暮らしている中国人夫婦の子供だ。中国語の日常会話だけでも身に付けてほしいと願う親の期待をよそに、休み時間の彼らは日本語のおしゃべりに忙しい。

 付き添いの親の中には、尖閣問題をめぐって高まる緊張への不安を口にする人もいた。だが、話題の中心はお決まりの学習塾や受験の話だった。

 多様な文化が入り乱れる国際都市では当たり前の風景だ。私の「故郷」である東京、シカゴ、上海のようなグローバル都市は、エール大学の社会学者イライジャ・アンダーソンの言う「国際人の天蓋」に覆われている。いわば、目に見えない寛容と礼儀の「傘」。その下で暮らす人々は異なる文化的背景と、時に敵対する政治観を持ちながらも平和的に共存できる。厄介な問題に和解策を見いだすことすらある。

 中国各地の都市でデモ隊が過激な反日スローガンを叫び、日本人児童が自宅待機するなか、東京の中国語学校では何事もなく授業が行われた。日本で反中デモがほとんど起きないのは、誰にとってもありがたい話だ。東京で暴動が起きたら、わが家のような多国籍家族はすぐに国外に出るだろう。地震は怖くないが、外国人嫌いの過激派は怖い。

 私は20年近くにわたって中国と日本で暮らしてきた。日本の大学で教えているが、研究の拠点は上海。中国でも日本でも「ガイジン」と呼ばれるのは好きではない。むしろ、世界市民を意味するギリシャ語を語源とする「コスモポリタン(国際人)」と呼ばれたい。

 中国の友人たちが愛国心の素晴らしさを褒めたたえるたび、私は「中国は世界最大の『国』だが、『外国』のほうがもっと大きいよ」と言いたくなる。私たちはどこでも好きな国に住める。人は皆「外国」の市民、つまり世界市民なのだ。

 国際人のご多分に漏れず、私は「竹島/独島」や「尖閣諸島/釣魚島」を誰が所有しようと構わない。外国人、あるいは国際人にとっては、無人島の帰属より学校に通う子供の安全のほうが心配だ。

 日中の対立不可避ではない。領土問題は一方が得をすれば、他方が損をするゼロサムゲームと思われがちだ。だが日中間のより大きな経済的、文化的、政治的関係はゼロサムゲームではないし、両国関係に希望がないわけでもない。

■政治家は歴史の重みに理解を

 両国の大勢の研究者や学生、旅行者や投資家が日中の絆を深めてきた。だが残念なことに、近年の日本の政治家は何もしていない。日本を中国のナショナリズムの標的から外すために、象徴的な行動を取ろうとする政治家もいない。

 旧西ドイツのウィリー・ブラント首相の潔い謝罪は参考になるかもしれない。1970年にポーランドを訪問したブラントは、ワルシャワ蜂起記念碑の前で突然ひざまずき、ナチスの罪を認めた。

 今の状況で日本の政治家に同じ行動を求めるのは酷だろうが、歴史の記憶の重みを理解できない政治家たちは今後も中国、韓国の国粋主義者らを怒らせ、欧米の政治の動向を左右するリベラルな知識層にも見限られるだろう。

 歴史問題をめぐって和解したいという意思表示は、日中双方に恩恵をもたらす。ブラントのワルシャワ訪問から20年後、東欧諸国の共産主義独裁体制は崩壊し、ヨーロッパは平和裏に統合された。

 政治家だけの問題ではない。「国際人の天蓋」を支えるのは私たち自身。天蓋は、市民一人一人の小さなもてなしや理解、時には妥協が積み重なって完成するのだから。

プロフィール

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・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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