コラム

「新生児」を見て考えた日本の未来

2012年06月19日(火)14時44分

今週のコラムニスト:クォン・ヨンソク

〔6月13日号掲載〕

 あの震災と原発事故から1年以上が過ぎた。いつの間にか街の明かりは震災前と変わらない明るさに戻り、先日開業した東京スカイツリーでは観光客が輝く街の夜景を見て感激し、原発はなし崩し的に再稼働へと動きだそうとしている。

 もう一度原点に戻って、新しい理念を持って再スタートしよう。僕はそのキーワードを月並みだが「生命」としたい。このような面はゆいことを書こうと思ったきっかけは、最近2人目の子供が生まれたことだ。このことで、僕の人生観は大きく変わった。

 まず、子供を生むかどうかで迷っているすべての男女に告ぐ。僕はもろもろの理由から2人目を持つことは考えてもいなかったが、実際に生まれてきた「想定外」の贈り物を目にして確信した。この世で生命を育むことより重要なことはない。

 1人目のときと違い、今回は出産に立ち会えたので生命の偉大さをじかに感じることができた。

 生命の誕生、これ自体が奇跡だ。少し恥ずかしいのだが、僕は赤ん坊の安らかな表情に「神」の存在を感じた。何も生み出さなくとも、そこに宇宙があり、平和があり、調和がある。そして、母乳を頬張る姿、そこには命の伝授、生のエネルギーの感動があった。

「自分の子供」という実感はなく、この生命体は天からのギフトのように思えてならない。だから大切に育てたいと思う。すべての生命は等しく尊重される必要がある。そのために政治があり、学問があり、宗教があるはずだ。長生きが「罪」で、仕事のために出産を諦め、放射能汚染や競争社会が怖くて少子化になるという状態はもはや人間社会とはいえない。

■子供に優しい国づくりを

 新生児から学べることは多い。特に指導者こそそうだ。例えば、政策を立案する際には新生児を見詰めながら考える。選挙のことばかりではなく、この新しい生命が将来生きていける国づくりを真剣に考える。一般の人々も教育の現場などで新生児を見る機会を増やすべきだろう。

 子供が生まれてからはニュースを見る目も変わった。まず、絶えない悲惨な交通事故には本当に胸が痛む。ここで新生児目線で物事を捉えてみると、いかに日本には車道、それも歩道と明確に区分されない道路が多過ぎるかが分かる。車に甘い車社会と「エコカー減税」など自動車産業の過度な保護が本質的な問題だ。運転席に飾るのも、安全祈願のお守りより新生児の写真のほうが効果的では。

 次に東京スカイツリー。僕にはツリーというよりは「鉄の筒」にしか見えない。これも新生児目線なら「世界一の電波塔」よりも、子供たちも容易に登れて自分の住む町を見渡せる小さな展望台がたくさんあるほうがよほどいい。

 そして、東京オリンピック招致問題。これも新しい生命のことを考えて決めよう。オリンピックを通じて日本の復活をアピールし、世界の人々に支援への感謝の意を表するという建前はいい。子供たちにとっても思い出とナショナル・プライドという掛け替えのないプレゼントになるという声も分かる。

 だが、日本を元気にするために本当にオリンピックが有効なのかは吟味する余地がある。元気はお金を掛けた一大イベントより、ウオーキングなど適度な運動と、家族や職場など身近な人々との何げない触れ合いの中で生まれるものだ。このほうが一過性ではなく持続性がある。大金を費やすより、子供と公園でスポーツに興じるほうを僕は選びたい。

 最後に、新しい生命を世に生み出してくれた妻に心より感謝したい。お産や授乳が女性にとっていかに大変なことか、妻に付き添ってみて初めて悟った。新しい生命を誕生させる、それだけで女性は神聖であり「女神」だ。僕はこれから、「恐妻家」ならぬ「敬妻家」として生きる決心をした。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ和平交渉が2日目に、ゼレンスキー氏と米特

ビジネス

中国万科、償還延期拒否で18日に再び債権者会合 猶

ワールド

タイ、2月8日に総選挙 選管が発表

ワールド

フィリピン、中国に抗議へ 南シナ海で漁師負傷
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story