コラム

円高という黒船が「内向き」日本を変える

2012年02月06日(月)09時00分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

〔2月1日号掲載〕

 日本経済の奇跡を思うとき、私はいつも牛乳の入ったグラスに落っこちたネズミの話を思い出す。ネズミは溺れまいと無我夢中で泳ぐ。するとそのうち牛乳はバターになる。ネズミは助かり、バターを売って大金持ちになる。

 日本はそのネズミだ。日本の驚異的な成功は、逆境への適応の歴史だ。日本は天然資源に乏しく大した広さもないし、主要ルートから外れた辺ぴな地にある。要するに豊かになるはずがないのだ。にもかかわらず日本は外圧によって強く豊かになった。黒船の来航を受けてアジアで最も豊かな国になり、第二次大戦に負けた後には世界第2位の富裕国になった。

 平和になった今、日本は円高という新たな黒船に直面している。財務省は毎日、日本の窮状を円高のせいにする。日本は輸出国だから、円高は日本の競争力を低下させる。ライバルの韓国と中国の通貨が安いだけになおさらだ、と。

 円が価値を認められるのは、日本の経済成長を考えれば当然の結果だ。71年のレートは1ドル=360円だった。2011年は1ドル=77円。89年と比べて円は対ドルで87%、対英ポンドで94%上昇している。伝統的に通貨の健全性を象徴するスイスフランに対してさえ上昇していると、エコノミストのエーモン・フィングルトンは先日ニューヨーク・タイムズ紙の記事で指摘している。円高は日本の驚くべき成功の表れだ。

 円高は日本の成功の一因でもある。円高のせいで日本は常に効率アップを模索し、為替レートの変動に価格を左右されにくい戦略的な部品を生み出さざるを得なかったからだ。

 アップルのiPhoneの例で考えてみよう。最近の調査によると、中国の深圳で生産され世界に輸出されたiPhoneのコストは179ドルだが、そのうち60ドル分を日本製部品が占めている。それに対して中国での生産コストは6ドル、韓国製部品のコストは23ドルだ。どんなに円高が進んでも、主要部品は日本に頼らざるを得ない。韓国企業のサムスンも日本製部品に依存している。日本は巨額の対韓貿易黒字を誇っている。

■再び世界に進出するチャンス

 日本は円高をチャンスと捉えるべきだろう。円高も黒船と同じで、歴史の重要な局面で日本に変化を迫るからだ。日本は窒息しかけ、逆グローバル化に移行しつつある。移民現象を拒絶している数少ない、おそらくは唯一の先進国だ。外国からの直接投資は極めて低い水準にとどまっている。外国人留学生の数は減少しており、日本からの留学も以前に比べて減っている。私のような日本駐在の外国人ジャーナリストも減る一方で、日本への関心は薄れつつある。

 そんな日本を救うのに円高はもってこいだ。輸入品は安くなり、日本人は外国製品を入手しやすくなるだろう。学生は外国に留学しやすくなる。企業は外国企業や資産を割安で買収できる。日本が再び世界に進出するチャンスだ。

 一般家庭にもメリットがある。福島第一原発の事故以来、エネルギーの輸入が急増しているが、円高になれば輸入コストは下がる。日本は原子力発電の不足分を補うため、外国からの天然ガスと石油の輸入を増やしているが、円高が進めば電気料金が安くなる可能性もある。

 欧米は今、世界一安い通貨になることを目指して泥仕合を繰り広げている。問題は、日本以外の国はどこも通貨安を目指しているため、誰も輸入製品を買えず、世界経済がさらに悪化することだ。この戦略は先進国におけるエネルギーの輸入価格を上昇させるだけだろう。

 円高のデメリットばかりを嘆くのはもうやめよう。日本は貯蓄率の高さを生かしてグローバル化を加速させることで円高のメリットをフル活用し、国民を孤立から救わなければならない。さもないとネズミは牛乳の中で溺れてしまう。

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