コラム

エドワード・スノーデンは国家反逆罪に値するか

2013年08月01日(木)15時10分

 アメリカ陸軍上等兵のブラッドリー・マニングに対して、軍事法廷が有罪判決を言い渡した。ウィキリークスに70万点に上る外公電やアフガニスタン、イランでの戦地の報告書、ビデオ映像などの機密文書をリーク(漏洩)した罪だ。

 この判決を聞いた人々の頭にすぐ浮かぶのは、「それでは、スノーデンはどうなるのか」だろう。エドワード・スノーデンは、NSA(アメリカ国家安全保障局)が秘密裏にアメリカ国民や海外の人々の電話、メール、チャット、ビデオや写真画像などの個人情報データを取得していたという事実を、英米の新聞社にリークした人物。彼はリーク直後にアメリカを離れ、現在モスクワ空港のトランジットエリアに身を隠している。

 このふたつのリークは、何が共通していて、何が違っているのだろうか。それは、国家の裏切り者、情報漏洩者、内部告発者のどこに位置づけられるかの違いによる。

 マニングの罪状は、5件のスパイ行為、5件の窃盗、コンピュータ不正利用など19件。敵幇助罪については無罪を認められたため終身刑は免れたものの、19件の罪状を足すと最大で禁固136年にもなる判決が下ったことになる。

 ただ、日本ではそれほど報じられていないようだが、アメリカのメディアではこの敵幇助罪での無罪が大きく取り上げられている。というのも、この罪で有罪判決が下されると、国家反逆罪を冒したと同じ最大の罪となり、その結果、マニングは「裏切り者」のレッテルを貼られるからだ。アメリカを敵に売り渡すことを目的にリークしたわけではないと認められたのは、ことに軍人であるマニング側にとって大きな勝利だったのだ。

 ちなみに、これはジャーナリズムにとっても安堵となった。政府側は、メディアがリーク文書を広く公にしたためにアルカイダなどアメリカの敵対者がその情報を手にし、それがいずれアメリカを不利な状況に陥れたとして敵幇助罪を求めていた。ウィキリークスもメディアとみなすと、メディアに対してリークすることがすぐさま敵幇助とみなされるのならば、誰もメディアを通じた内部告発をしなくなる。そうした状況となるのが、怖れられていたのだ。

 そして、もし敵幇助罪でマニングへの判決が有罪になっていたら、政府はスノーデンを同罪でも起訴しただろうと言われている。政府側は、出鼻をくじかれた。司法省はすでにスパイ行為、窃盗などでの告発を行っているが、敵幇助罪があてはまらなくなるという点では、ふたつのケースは共通している。

 けれども、ここからは同じリークでも微妙な違いが出てくる。

 まず、マニングの場合は、自らリークを認めている上、今回の判決では内部告発という意図が認められなかった。つまり、公に政府の不正行為を明らかにするという目的よりも、情報を盗み出す、あるいはメディアに情報を漏らすというスパイ行為を行ったという位置づけだ。国家の利益を損なうという悪意がないことを、完全には証明できなかったためだ。また、漏洩した文書があまりに大量に上るため、彼がまともな判断力を行使していたかどうかも怪しかった。

 一方、スノーデンの場合は、マニングのように途方もなく大量の文書を一気にリークするのではなく、選び抜かれた核心のものだけをリークしている。また、リークの相手として選んだジャーナリストの一人は、市民的自由の問題を長年追究してきた専門家だった。国内に留まったままだとスパイ行為で起訴されることを計算した上で、国外に脱出し、第三国への亡命を求めている。これらの行動は、あくまでも内部告発者として一貫しているのだ。ただし、アメリカが中国に対してもスパイ活動を行っていたと暴露したことは、マイナスポイントだ。

 興味深いのは、何よりもリークした機密文書の内容自体がこの二人を分けていることである。マニングのケースでは、外交公電で明らかになった各国大使館からの微細にわたる報告や、一般市民を巻き添えにしたアメリカ軍攻撃のビデオ映像などの内容が、これまで一般の人々には知り得なかったもので、一時は注目が集まった。だが、一般人の興味もそれまで。「なぜ、こんな内容が機密文書に分類されているのか。開示されるべきだ」という議論が起こるかとも思われたが、それもなかった。

 しかし、スノーデンの場合は、一般人が「自分も」NSAのプリズム・プログラムの個人情報データ収集の犠牲になっていたのが明らかになったことで大きく世論が動き、NSA に対する批判も高まっている。それを受けて、議会でもプリズム・プログラムが行き過ぎでないのかという議論が出てきている。当の個人情報データ収集に関する機密文書の一部がそれ以降、機密分類からはずされたりもしている。

 これは、スノーデンがもしアメリカ国内で裁かれることがあった場合、判決を左右する可能性もある。スノーデンはマニングのように軍人ではなく、一般市民。したがって、裁判では一般市民からなる陪審員が判決を下す。確率が決して高いとは言わないが、スノーデンの告発は国民にとっていいことだったという何らかの判断が組み込まれる場合もあるのだ。ただし、これを期待するのはリスクが高く、投獄を免れたいスノーデンが亡命を図るのは、正しい判断だ。

 二つのケースの共通点はもうひとつあった。インターネット時代のテクノロジーの威力だ。マニングの場合は、ウィキリークスというしくみによって大がかりなリークを行った。スノーデンの場合は、大がかりなプライバシー侵害がテクノロジーによって行われていることを明らかにした。すでに国家機密もそれを暴露する手段も、従来にはないほど大規模な時代になっているということだ。そして、それゆえに、マニングは漏洩した情報の量の点で、スノーデンは質の点で、裁判所が重罪を課しかねない犯罪を冒したとみなされるのだ。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インドネシア中銀、予想通り金利据え置き 利下げ余地

ワールド

イラン最高安保委事務局長ラリジャニ氏が死亡=イスラ

ワールド

EU、ロシアとのエネ取引意向ない=カラス外交安全保

ワールド

EU、米国の「予測不能性」織り込み=カラス上級代表
MAGAZINE
特集:イラン革命防衛隊
特集:イラン革命防衛隊
2026年3月24日号(3/17発売)

イスラム神権国家を裏からコントロールする謎の軍隊の歴史と知られざる実力

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    住宅建設予定地に眠っていた「大量の埋蔵金」...現在の価値でどれくらい? 誰が何のために埋めた?
  • 3
    「ネタニヤフの指が6本」はなぜ死亡説につながったのか?
  • 4
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 5
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」…
  • 6
    「筋肉はモッツァレラと同じ」...なぜウォーミングア…
  • 7
    「危険な距離まで...」豪ヘリに中国海軍ヘリが異常接…
  • 8
    「映画賞の世界は、はっきり言って地獄だ」――ショー…
  • 9
    幼い子供たちの「おぞましい変化」を克明に記録...「…
  • 10
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」と言われる外国特派員の私が思うこと
  • 4
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 5
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 6
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃…
  • 7
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 8
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 9
    ズボンを穿き忘れてる! 米セレブ、下を穿かず「目の…
  • 10
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 5
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 6
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 10
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体に…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story