コラム

アップル、ユーザー不在のアプリ内課金で競合潰し

2011年07月29日(金)13時20分

 アップルが、アプリ内課金ルールを強化し始め、電子書籍サイトを中心にアプリを変更する動きが起こっている。

 アプリ内課金とは、アップルのアップストアからダウンロードしたアプリを利用する場合、コンテンツの支払いもそのアプリを経由しなければならないという仕組み。たとえば、iPhoneやiPadにダウンロードしたゲームを利用していて、追加機能が欲しくなったとか、ゲームで使う小物を買い足したくなったといった場合、そのアプリの中で購入ボタンを押せば支払いまで完了するようになっている。

 アプリを利用しているユーザーならば、クリックひとつで買い足しができるので、便利なことこの上ない。アップストアの売り上げは、今年29億ドルを超えるものと予測され(iSuppli予想による)、昨年から63.4%も伸びるほどの繁盛ぶりなのもうなずける。アップルにとっても大きな収入源だ。

 ところが、このアプリの実態は今年2月に予想もしないかたちで明らかになった。ソニーが、自社の電子書籍リーダーのアプリをアップルに申請したところ、アプリ内課金機能がないとの理由で一蹴されたのだ。

 電子書籍ストアは、さまざまなデバイス用にアプリを開発している。アマゾンならば、キンドル・リーダーをiPhoneやiPad、アンドロイド・デバイス向けに提供している。大手書店チェーンのバーンズ&ノーブルも、自社のヌック・リーダーを同じように異なったデバイスで広く使えるように、種々のアプリを開発している。いずれも、キンドルやヌックといった自社製のデバイスもあるが、共通した読み心地を他のデバイス上でも提供しようと、そうしたアプリを開発してきたのだ。

 もちろん、そうしたアプリにはコンテンツ、つまり電子書籍を買い足すボタンもついていた。巧みなことに、キンドルやヌックのアプリでは、購入ボタンを押すと自社のウェブページに飛び、そこからコンテンツを買えるようになっていた。アップルはアプリ内課金で入ってくる収入の30%を徴収することになっているのだが、両社ともにそれを回避するために販売機能をアプリから外に出し、自社の販売サイトへユーザーを誘っていたのである。ソニーも同じしくみでアプリを作り、アップルのデバイス上に並ぼうとしただけだった。

 そのソニーが閉め出しをくらって、電子書籍好きの間では動揺が走った。キンドルやヌックも、いずれも同じ目に遭うのか、と。ところが、しばらくは何も起こらなかったのである。ただし、アップルがずっとそのまま放っておくわけはない。ユーザーの少ないマイナーなソニー・リーダーを見せしめにして、いずれ同じことをメジャーなキンドルやヌックに向けてやるだろうことは、皆想像がついていた。
 
 それが今回起こったことだ。その結果、それぞれのアプリから購入ボタンが消えてしまった。たとえばiPad上のキンドル・リーダーで読書していて、新しい本が買いたくなったとしよう。ユーザーは新たにブラウザを立ち上げ、アマゾンのページを呼び出して、そこから買うしかない。今回の適用を受けて、アマゾンは「キンドルのページをブックマークしておかれると、便利です」とユーザーにさらりとアピールしている。

 いずれにしても、めんどうな手順が増えるのだが、それこそアップルの狙うところ。めんどうが重なって、ユーザーがいずれキンドルを捨て去り、自社の電子書籍サイト、iBookstoreで購入してくれることを願っているのだ。

 それぞれの言い分はあるだろう。電子書籍リーダー側にとっては、アプリ内課金は痛い支出である。もともとアメリカの電子書籍は激安価格で、そこから販売サイトが手にするのは28%程度だ。たとえば、13.99ドルの書籍ならば、アマゾンに入るのは3.9ドルほど。そこから30%が引かれてしまう。これは、ゲーム内で売っているバーチャルな小物よりも薄利かもしれない。グーグルの電子書籍ストアGoogle eBooksなどはここ数日、アップストアから消えたり、再出現したりしている。反対に、アップルには軒を貸しているという論理もあるだろう。

 だが、明らかなのは、これはユーザーにとっては実に迷惑な動きだということだ。相互乗り入れのアプリが開発されて、世の中がますます便利になってきたと思っていたところが、すっかり逆戻りである。企業の縄張り争いが、ユーザーを無視したところで起こっているのだ。

 そしてもっと重要なのは、「夢のデバイス」の一部はデジタル世界を切り開く万能のツールではない可能性もあるということだ。これは、ちょっと大げさかもしれない。だが、とくにiPhoneやiPadのようなデバイスには、周りを囲む壁が多い。これらは完全にモバイルなコンピュータと賞賛されているのだが、実はちょっと違った発展をしている。決して同じものだと勘違いしてはならない。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日銀、政策金利を現状維持:識者はこうみる

ビジネス

アルコア、第2四半期の受注は好調 関税の影響まだ見

ワールド

英シュローダー、第1四半期は98億ドル流出 中国合

ビジネス

見通し実現なら利上げ、米関税次第でシナリオは変化=
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 10
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story