コラム

「バブル2.0」はなぜドットコム・バブルより嫌らしいか

2011年05月25日(水)15時32分

 仕事人向けソーシャルネットワークサービス(SNS)のリンクトインが5月19日にIPO(新規株公開)を果たし、いよいよ「バブル2.0」の幕が開けたという気配である。

 今回のバブルを牽引するのは、もちろんソーシャルネットワーク系サービスで、超大物のフェイスブックのIPOが今年にも行われるといううわさがあり、リンクトインのIPOは、その前座として市場の反応を試すようなものだった。案の定、ここ数年の景気後退による鬱屈した空気を吹き飛ばすかのような勢いで株価は上がり、現在は初値の2倍以上の95ドル以上で取引されている。
ソーシャルネットワーク系では、フェイスブックの他にもソーシャル・ゲームのジンガ、ソーシャル・ショッピングのグルーポン、そしてツイッターなどが、予備軍としてIPOの順番待ちをしている状態だ。

 だが、何と言ってもフェイスブックがいつIPOをするのかに、テクノロジー界、投資界の注目は集まっている。どちらかと言うと、フェイスブック以外の企業は、フェイスブック以前に、そしてこの熱気と期待が高まっている間にIPOをしてしまおうと目論んでいるところだろう。ジンガは、6月末にもIPOを行う予定ともされている。

 さて、またあの騒がしいバブル景気がやってくるのかと思うと、心穏やかではないが、今回は前回のバブルに比べて、何かしら「嫌な」気分にさせられる点がいろいろある。

 まずは、ソーシャルネットワーク・サービス企業に対する評価額が、あまりに高いことだ。フェイスブックには、すでに500億ドルの企業価値がつけられている。5億人のメンバーがいるのだから、評価も高まろうというものだが、サーバーの中でバーチャルに友達がいっぱい集まっているだけで、ここまでの価値になるものだろうか。この企業価値は、すでに歴史あるヤフーやイーベイを軽く追い越して、アマゾンにも迫る勢いである。

 しかも、その価値を押し上げているのが非公開株の売買であるところも、どうも居心地が悪い。フェイスブックは、創業時のエンジェル投資から数えて5段階目にあたる「シリーズD」の投資募集を、すでに2009年に終えている。通常の流れなら当然、今頃はIPOを経て公開企業になっている段階だ。新興企業も成功してここまでの段階にくると、先々の大掛かりな事業拡大のために株の一般公開でもっと大きな資金を集める必要が出てくるからだ。それに「株主が500人を超えると、公開企業にならなくてはならない」という、SEC(証券取引委員会)の規則もある。たいていの新興企業は、シリーズDにまでなると、社内や社外投資会社を合わせてその人数に達してしまうため、IPOとなるのが通例なのだ。

 ところがフェイスブックは、非公開のまま投資企業の数を増やしている。今年初めには、ゴールドマン・サックスが特別ファンドを組んで、同行の超高額取引顧客だけにフェイスブック株を提供したりしている。だが、これは見かけ上は株主の人数が増えないようにしてIPOを避け、その一方でおいしい投資に一枚噛むというしくみになっているのだ。

 非公開株取引が、水面下の株市場で活発化しているのも、今回のバブルの特徴だろう。非公開株を売買するサイトも活況を呈しているが、数10万ドルという、とてつもない額がつけられている。

 有名なベンチャー・キャピタル会社のクライナー・パーキンズは、遅ればせながら今年に入ってフェイスブックの投資に加わったが、これもおそらく別の初期投資家や社員に配られた株(あるいは株の取得権)を手にしてのことである。株価は手を変えるたびに値が上がっていくわけだから、こうした水面下での動きがフェイスブックの企業価値をどんどん膨らませているのである。

 だいたい、ここへ来て、まるで駆け込みのようにして投資会社に名を連ねようとすること自体、解せないものがある。そこには、リスクを取って新興企業に賭けようという従来のベンチャー・キャピタルの姿はなく、公開後に株価の跳ね上がることが「確実」な企業に、少しでもいいから陣取りしているといった感じだ。

 こうしてフェイスブックがIPOすると、その株に殺到するのは小市民の投資家たちである。その頃には、世間での熱気がさらに高まっているだろうから、株価はもっと上がっている。その結果、内輪の投資家たちが巨額な利益を手にする。

 もちろん、この流れはいつもと同じだが、前回のバブルで人気を得ていたのは、生鮮食料品をインターネットで売ってデリバーするとか、ペットフードを売るといったような少なくとも「実業」っぽい商売だった。ところが今回のソーシャルネットワーク・サービスは、どこまでもバーチャル。その上、最大の売り物がわれわれユーザーの情報であったりするのだから、何ともやるせない気分になる。

 実は、リンクトインのIPOの少し前に、中国のソーシャルネットワーク・サービスのレンレンが、ニューヨーク株式市場でIPOを行っている。ところが、中国の知り合いに聞いたところでは、このサービスは中国での評判はさっぱり。中国ではとても資金が集められないので、ソーシャル的ハイプで舞い上がっているアメリカでIPOをしようということになったのだという。

 ソーシャルネットワーク・サービスがわれわれにもたらした利点は大きい。だが、その一方でハイプとマネーのマシーンと化している、その一面もしっかり抑えておきたいと思うのだ。


プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

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