コラム

検索に軸足を置いたグーグルTVの意味

2010年10月14日(木)18時23分

 グーグルTVが登場して、ようやくインターネットのリビングルーム進出が本格化しそうだ。

「ようやく」と書いたのは他でもない。この「ホーム」関連のテクノロジーはずいぶん前から各社が取りかかっていたのに、実際に製品として広まったものはなかったからだ。

 たとえば、テクノロジーの展示会に行くと、決まってテレビ画面から家の冷暖房をコントロールしたり、各部屋に同じコンテンツを届けたりといったようなアイデアがいろいろ発表されている。だが、「本当にこんなもの必要かしら?」というのが、これまでの感想だった。

 それがグーグルTVの登場で、テレビの潜在力がちょっと見直されたような感想を持っている。その背景にあるのは、昨今のコンテンツの散らばり方である。

 たとえば、映画を見ようと思った時、今最もユーザーが多いのは、ネットフリックスのような郵送のDVDレンタル・サービスだろう。インターネットで申し込むと郵便でDVDが到着し、観た後は同封の封筒に入れて返送するだけというタイプのもの。このネットフリックスは数年前から、ビデオ・オンデマンドのサービスを始めて、これも結構人気を呼んでいる。これならば、映画を観たいその時その場でクリックしてストーリーに没入できる。

 ところが、このネットフリックスがつい1年くらい前まではレンタル・ビデオの王者のような扱いを受けていたのに、状況はあっと言う間に変わってしまった。今や競合企業が増えた上、アマゾン、アップルなども同様のサービスを始めているし、映画以外にも、テレビ番組、ユーチューブなどの動画コンテンツがウェブで観られるようになった。テレビ番組も衛星やケーブルのチャンネルが100以上ある上、ウェブ上のアーカイブも揃っている。

■あちこちに散乱した選択肢を1つに

 だがそうしたコンテンツは方々に、そして無数に散らばっていて、その風景の全体像がよく見えない。どこから選べばいいのかがよくわからない。これが今、われわれが直面している問題である。そこへ登場したのがグーグルTVだ。

 グーグルTVは、わかりやすく言うとテレビにコンピュータの処理能力とインターネット・コンテンツを掛け合わせたもの。テレビ画面から検索をかければ、テレビ番組だけでなく、ウェブ上のコンテンツを総ざらいにして探し出してくれる。

 たとえば、ある映画名を検索したとしよう。すると、テレビ、レンタル・ビデオ、ユーチューブからコンテンツを探し出し、それに加えて、その映画に関連するSNS(ソーシャルネットワーク・サービス)の語らいやら、俳優のホームページやらが表示される。

 これまでもインターネットTVと銘打ったものはいくつか発売されていたが、グーグルは「検索」を軸にした。それによって、方々に散らばったコンテンツをまるでひとつの巨大な箱の中にあるもののようにして扱い、そこから目的のものを取り出してくれるのだ。

 だいたい、映画だけ、テレビ番組だけと特定することすら、今や時代遅れという感じがしないだろうか。ニュースでも映画でもツイッターでも写真でもいい。刺激を受けたい、何か知らないことを学びたい、この時間を楽しく過ごしたいといった希望を満たすのに、もうメディアの種類は何でもいいのではないだろうか。

■テレビは本領発揮しやすいメディア

 グーグルTVの、メディアの種類やサービスの垣根なしにコンテンツを探し出せるという能力を見て、「検索」という技術のパワフルさを今更ながら痛感している。検索は、こうして違った領域、違った技術の上に成立しているコンテンツを横断してこそ、その本領を発揮するということだ。こういう技術が出てくると、テレビ受信機とかラジオとか、ステレオとかコンピュータとか呼んでいたいろいろな製品が、これからますます融解していくのだなあとも思う。

 ところで、アップルもアップルTVを刷新して、使いやすく安価なセットトップボックスとして売り出している。アップルTVが提供するのは、アップルのiTunesストアーといくつかの提携サービスによるコンテンツだが、やはりグーグルとアップル2社のアプローチの違いはここでも明白である。

 ちょっと乱暴にたとえると、グーグルは無限に並んだバイキング料理から自分の好きなものを選べるタイプ。探し物が見つかるようサポートはしてくれる。アップルは、アップルのお見立てで整えられたきれいな懐石料理を食べるようなもの。ユーザーが食べられる量に変わりはないが、要は自分でコンテンツの大海原に乗り出したいか、お見立てに従いたいかだ。

 これはけっこう根本的な差異で、これからの消費者がどちらをいいと感じるようになるのかは興味深い。ユーザーをていねいに扱ってくれるが、ひとつの箱に閉じ込めがちなアップル。対して、ちょっと粗雑だが、ユーザーに荒野のすべてを見せてくれるグーグル。

 いずれにせよ、これからテレビやリビングルームがちょっと面白くなるのは間違いないだろう。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮の金与正氏、日米韓の軍事訓練けん制 対抗措置

ワールド

ネパール、暫定首相にカルキ元最高裁長官 来年3月総

ワールド

ルイジアナ州に州兵1000人派遣か、国防総省が計画

ワールド

中国軍、南シナ海巡りフィリピンけん制 日米比が合同
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 3
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 4
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 5
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【動画あり】火星に古代生命が存在していた!? NAS…
  • 9
    悪夢の光景、よりによって...眠る赤ちゃんの体を這う…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 8
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story