コラム

エジプト、シリア、ケニア、イラン:90年代の再来?

2013年09月25日(水)11時01分

 このところの中東情勢を見ていると、90年代に逆戻りしたのではないか、とのデジャブ感に襲われる。

 ムルスィー政権を倒したあとのエジプトでは、ムスリム同胞団の幹部、指導者の逮捕に続いて、NGOとしての同胞団の活動も禁止された。これは、「政治活動はダメだが社会慈善事業はOK」としてきたムバーラク政権時代よりも、イスラーム組織への締め付けが一層厳しくなっている。

 シリア内戦では、案の定オバマ米大統領は振り上げた拳の落としどころに悩み、結局中途半端なままうやむやになった。米国がシリア情勢に手を出せないことが露呈された分、内戦はますます解決が遠のいている。前回のコラムで指摘したように、経済制裁下のイラクを持て余したクリントン政権の姿と、被る。

 シリアはイラクの二の舞なだけではなく、アフガニスタンの二の舞化もたどっている。反政府勢力のなかにイスラーム武装勢力が大量に流れ込んでいることは自明で、かつてターリバーン政権下のアフガニスタンがひきつけてきたように、今やシリアが武闘派の磁場になっている。90年代にターリバーン政権を国家承認していたのはサウディアラビアとUAEなどごくわずかだったが、今シリアの反政府勢力を堂々と支援しているのは、そのサウディアラビアだ。

 そして、9月21日に発生したケニアでのショッピングモール占拠事件が想起させるのは、1998年のケニア、タンザニアの米国大使館爆破事件だ。サウディアラビア追放後スーダンに拠点を移し、さらに米国の圧力でスーダンからも追われたウサーマ・ビン・ラーディンが、アフガニスタンに終の棲家を見つけた2年後の事件である。アルカーイダが本格的に対米攻撃を開始した作戦だった。

 もちろん、今回の事件の犯人は、シャバーブという、ソマリアで一時期国土の大半を実効支配したイスラーム勢力である。だが、アフガニスタンもソマリアも、冷戦構造のツケから内戦、そしてイスラーム政権の樹立とその国際社会からの孤立、というパターンは、よく似ている。シャバーブは2012年にアルカーイダへの合流を宣言しているが、これはケニアを含むアフリカ連合軍がソマリアに派遣され、ここ一、二年でシャバーブを軍事的に追い詰めていったことと並行している。

 つまり、今のデジャブ感が思い起こす90年代とは、こうなのだ。「イスラーム勢力の台頭に対して中東や域内の諸政権がこれを弾圧し、国際社会もまたとってつけたような散発的な軍事攻撃や制裁以外に対応のすべをもっていなかった結果、過激派が武闘路線を強め、国外に攻撃対象を求めて、最終的に9.11につながった」、と。

 デジャブ、といえば、期待が持てる「いつか来た道」もある。イランだ。6月に大統領選に勝利したロウハーニ・イラン大統領が国連会議のために訪米する。ここでオバマ大統領と会談すれば、イラン革命後の国交断絶以来の、快挙だ。オバマとしてはシリアでの失策をカバーしたいところでもあろう。16年前、イラン大統領に就任したムハンマド・ハータミーが、「文明の対話」を打ち出して米政権との関係改善を謳った。彼の改革姿勢と柔和な表情は、「微笑み外交」と呼ばれたが、ロウハーニの微笑みがハータミーのイメージを模倣しているのは、明らかだろう。

 にもかかわらず、ハータミーの対米外交は身を結ばなかった。そこで、活躍したのが、日本である。2000年、イラン大統領として42年振りにハータミーが訪日した時、日本政府がイランへの円借款供与を決めただけでなく、ハータミーには東京工業大学から名誉博士号が送られた。さらに国会で演説を行ったが、中東からの国家元首が日本の国会で演説を行ったのは、始めての出来事である。

 つまり、関係改善に最適の大統領がイランに出現したのにうまく対応できなかった米国に比して、日本はしっかりイランとパイプを作った。米国が足踏みする相手と米国をつなぐ役割を果たそう、という余地と意気込みが、90年代の日本にはあったのである。

 ロウハーニとオバマが直接会談し、米・イラン関係に進展が見られれば、国際政治的には大きな一歩だろう。だが、直接対話の場ができたら日本が仲介する余地は、なくなる。中東と米国の間で、日本の役割はいったいどうなるのか、誰か真剣に考えているのか?

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

豪GDP、第2四半期は前年比+1.8%に加速 約2

ビジネス

午前の日経平均は反落、連休明けの米株安引き継ぐ 円

ワールド

スウェーデンのクラーナ、米IPOで最大12億700

ワールド

西側国家のパレスチナ国家承認、「2国家解決」に道=
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 5
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 6
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 7
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 10
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story