コラム

フランス版「対テロ戦争」の行方

2013年01月23日(水)12時08分

 アルジェリアでの人質事件は、多くの犠牲者を出して悲しい結果に終わった。日揮は、長年中東・北アフリカで大きな事業を手掛け、その実績は高く評価されてきただけに、残念でならない。残された方々の痛みが癒される時が、少しでも早く来ることを、祈る。

 多くの犠牲者を出したアルジェリア軍の性急な制圧作戦に、人質となった国の政府からは、批判が相次いだ。日本はアルジェリア政府に「人命最優先で対応するよう」に申し入れていたし、18日にはキャメロン英首相も、アルジェリア軍の作戦が事前に知らされていなかったことに「失望した」と、不快感を隠さなかった。

 反対に、真っ先に支持を表明したのがフランスである。キャメロン首相の「失望」発言と同じ日、フランス外務報道官は「アルジェリアに(制圧作戦以外に)選択肢はない」と述べた。犯人が犯行理由として「フランスのマリ軍事侵攻に反対」を掲げている以上、「テロ」に屈せずマリ作戦を継続するためにフランスがアルジェリアに妥協して欲しくないのは、当然だ。

 人質人命を考慮していない、との不満に、アルジェリアやフランスにしてみれば、こう言いたかったのではないか。「だって、今アルジェリアで起きていることは「対テロ戦争」でしょう? テロリストに対しては何があっても交渉しない、妥協しない、速攻で鎮圧する、が鉄則でしょう? それが米軍、英軍がアフガニスタン、イラクでやってきたことじゃなかったですか? 民間人の被害が出たって、「テロ撲滅」という崇高な目的のためのコラテラル・ダメージってやつでしょう? フリージャーナリストが作戦中に巻き添えで撃たれても、鬱屈した駐留兵士が地元の女性を慰み者にしても、目をつぶってきたのはそのためじゃないんですか?」

 実際、今年に入ってフランスは、マリだけではなく、ソマリアでも「対テロ戦争」を繰り広げていた。マリ軍事侵攻の数日前、フランスは2009年からソマリアの武装集団「シャバーブ(青年、の意味)」に拉致されているフランス治安要員の救出作戦を強行したが、失敗、当の治安要員と仏軍兵士が殺害されている。数週間前にはアルジェリアに植民地時代の「謝罪」を行い、反植民地主義者としてのイメージを打ち出したオランド大統領だが、その実、北アフリカの「対テロ戦争」にずぶずぶと関与を深めていたのである。

 注目されるのは、「「対テロ戦争」なんだから国際社会は協力すべきだ」というロジックが、事件発生から数日すると主流に転じていったことだ。21日にはキャメロン首相は、「北アフリカが武装勢力を引き付ける磁石のようになりつつある」と危機感を示し、それまであまり乗り気でなかったフランスのマリ軍事侵攻に、支援増強を約束した。フランスの外務報道官は「アルジェリアで起きたことは、この地域にテロ集団が存在することで国際社会が危機に瀕していることを示すものだった」と述べて、事件がフランスの対マリ政策に追い風になったと見なしている。

 また、米国ではブッシュ政権時代のネオコンが再び鼻息を荒くしている。ボルトン元国連大使は、オバマ政権が対テロ戦争に及び腰だと批判し、「ここで国際テロに目を瞑れば、9-11同時多発テロ事件を準備した90年代のような状況を生む」と警告する。10年前、イラク戦争を決断したブッシュ米政権を「正統性を欠く」として激しく糾弾したフランスと、それを「古い欧州」と小馬鹿にした米国のネオコンが、今同じ位置に立っているのは、なんとも皮肉なことだ。
 
 だが、そんなに簡単に「対テロ戦争」を無条件に良しとする風潮に舞い戻ってよいものだろうか。必ずしも成功とはいえない10年の「対テロ戦争」を経て、米英が何を反省し、何を学んで今があるのか、きちんと振り返ることなく同じ力任せの「対テロ」政策を続けても、悲劇が繰り返されるだけである。

 奇しくもあと二か月で、「イラク戦争から10年」となる。「対テロ戦争」とテロの拡散の悪循環をどう断ち切るか、過去10年間言われながら本格的に取り組まれなかった問いに、いい加減真剣に向き合うべきだ。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

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