コラム

サウディ王政のジレンマ

2011年12月09日(金)15時26分

 アラブ連盟が、意外な動きをしている。

 リビアで反カッザーフィ・デモが始まると、わずか数日後には政権の暴力的鎮圧を非難、リビアの連盟資格停止を決めたばかりか、NATOの軍事介入もすんなり容認した。

 空気を読まないカッザーフィが以前からアラブ連盟で「浮いた」存在だったせいもあって、こうしたリビアに対する対応になったのだろうが、続くシリアへの対応を見れば、その意外さが続いていることがわかる。8月にはシリアでのデモ隊鎮圧を非難する決議が出され、11月には資格の停止と対シリア制裁が決定された。

 なぜそれらの動きが「意外」かといえば、1950年代以降長らくアラブ連盟は、シリアやリビアなど、アラブ民族主義を起源に持つ共和制諸国によって主導されてきたからである。1979年、イスラエルとの単独和平に走って連盟を追放されたエジプトのように、アラブ民族主義の大義から離れたことで非難されることはあったが、今そのアラブ民族主義政権の本家本元が槍玉に挙げられているのは、隔世の感がある。

 さらには、アラブ連盟は20年前の湾岸戦争の際クウェート支持かイラク支持で分裂、以降まとまりを失っていたが、リビアとシリアの件では一部棄権はあったものの、激しい対立はなかった。アラブ連盟が20年ぶりにまとまったのが、「強権政治反対、暴力的弾圧反対」だったというわけである。

 本当か?? 本気でそう考えているのだろうか、加盟国は??

 なにより驚くのは、サウディアラビアがシリア批判を展開していることである。王政と一党独裁、親米と反米と、その政策は正反対とはいえ、サウディとシリアは水面下で密な関係を維持してきた。王族の多くはシリア人女性を妻に迎えていたりする。

 そもそも、反政府運動を力で押さえつけるという点では、程度の差はあれ、サウディも同じだ。3月、隣国バハレーンにサウディ軍を送り込んで反王政デモを鎮静化させたのは、記憶に生々しい。サウディこそが、「アラブの春」の進行を恐れる守旧派の大ボスなのだ。なのに、なぜ簡単にシリアの現政権を見捨てる方針を取ったのか。

 欧米メディアの間では、最近のサウディとイランの対立が影響している、との見方がある。バハレーンでの反王政デモ以来湾岸王政諸国は、自国のシーア派住民の政治化がイランの地域覇権拡大につながる、と危惧してきたが、10月に発覚したイラン特殊部隊関係者によるものとされる駐米サウディ大使暗殺未遂事件が、対イラン危険視に拍車をかけた。加えて11月末には、サウディ東部でシーア派住民のデモが発生、4人の死者が出ている。

 サウディがシリアのアサド政権を見限ったのは、そのイランと密接な関係を持つからだといわれる。スンナ派中心の他のアラブ諸国には、シーア派の一種である少数派のアラウィ派によって牛耳られている政権が、多数派のスンナ派住民を弾圧している、とも見える。

 だがそれ以上に、サウディが「アラブの春」の勢いをひしひしと感じているということなのだろう。国外の民主化を支える姿勢を示して、自政権の強権的性格を覆い隠し、国内で政権批判が高まらないようにしたい。6年ぶりに地方評議会選挙を実施したり、次回の選挙では女性の参政権を認めるとの発言をしたり、一定の改革姿勢を示すことに腐心しているのも、そのためだろう。

 そうした小手先での対応は、湾岸戦争やイラク戦争後、繰り返し行われてきた。果たして今回もその程度で済むかどうか。サウディ王政の頭の痛いところである。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国万科、債権者が社債償還延期を拒否 デフォルトリ

ワールド

トランプ氏、経済政策が中間選挙勝利につながるか確信

ビジネス

雇用統計やCPIに注目、年末控えボラティリティー上

ワールド

米ブラウン大学で銃撃、2人死亡・9人負傷 容疑者逃
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 5
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 6
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 7
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 10
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story