コラム

多様な解釈が可能だから映画は面白い

2010年02月23日(火)15時08分

 ハリウッド映画は、しばしば否定的に論評されます。くだらないアクション映画、お涙頂戴の薄っぺらなロマンス映画、偏見に満ちた外国観...。

 とはいえ、たまには高く評価される問題作も世に問います。『アバター』は、単に映像技術が優れた3D映画だろうと思って見るのをパスしていた私でしたが、どうもそうではないようです。

 地球から遠く離れた衛星パンドラを侵略するアメリカ人武装部隊。侵略者と戦う先住民族ナヴィ族という想定は、かつてアメリカの先住民族を駆逐し、森林を破壊しながら開拓したアメリカ人を想起させます。事実、アメリカ国内では、「アメリカの軍隊を悪者に描く非愛国的な映画だ」と右派の反発を受けているとか。

 ところが、反発するのはアメリカの右派だけでないところが、多様な解釈を許容する映画の面白いところ。中国国内でも上映を規制する動きが出たのですから。

 映画『アバター』が中国国内で上映館が減らされたことは、日本の新聞でも報道されました。その多くは、「アメリカ人の部隊が先住民族の住む森林を破壊するシーンが、中国国内で続く強制立ち退きを想像させるから、中国政府が嫌がっている」という内容でした。

 本誌日本版2月24日号の「子曰く、『アバター』にかなわず」の記事は、それ以外にも中国政府が嫌う内容が、この映画にはあると指摘しています。それは、チベット仏教を想起させるからだというのです。

「開発業者の野放図な森林伐採は、チベット人が漢民族の開発業者に抱く最大の不満の1つ」
「ナヴィがすべての生物に愛を注ぐという設定も問題だ」「これは生きるものすべてに敬意を払うチベットの思想に似ている」

 さらに、主人公ジェイクの精神がアバターに乗り移る設定は、輪廻転生を想起させるというのです。

「輪廻転生の思想は、中国で強い影響力を持つ。『アバター』の観客が、生き物は死んでも消滅しないというチベット仏教の信仰を思い起こす事態は、政府にとって好ましくない」

 なるほどねえ。ここまで書かれたら、私も映画館に足を運びましょうか。優れた思想性に打ち震えるか、「すげえ迫力だったなあ」と単純に感心するか、見る人のレベルが問われてしまうようで、なんだか足が竦みますが。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story