コラム

「シェール革命」は日本のチャンスかピンチか

2013年05月21日(火)19時11分

 日本のエネルギー政策が、原発を止めたまま、その下に活断層があるかどうかなどという不毛な議論をしているうちに、世界のエネルギー情勢は大きく動いている。地中の頁岩(シェール)から採掘されるシェールガスやシェールオイルの生産量が急増し、「シェール革命」とも呼ばれる動きが世界的に起こっているのだ。

 その中心は、アメリカである。2007年にはシェールガスの生産量が在来型ガスの生産量を上回り、今ではアメリカは世界最大の天然ガス産出国になった。シェール革命によってアメリカは2017年には天然ガスの輸出国になり、2020年には世界最大の産油国になる、とIEA(世界エネルギー機関)は予測している。

 シェールガスというのは、今までのように石油の採掘にともなって出てくるガスではなく、地下1km以下に穴を掘って岩盤に強い水圧で多くの穴をあけ、石油とともに採取するガスである。普通の油田やガス田に比べて採掘コストが高いため、今までは採算に合わないと思われてきたが、採掘技術の進歩で大量に採掘できるようになり、天然ガスの価格が急速に低下している。

 在来型の石油やガスは、地中に固まりとして存在しているため、探査がむずかしくリスクが高い。それに対してシェールガスは、採掘コストは高いが広い範囲に分布しているので、頁岩のある岩盤を掘ればたいていの場所から採掘できる。石油のように偏在することもなく、北米だけでなくロシアや中国などにも大量に埋蔵されており、現在の消費量で100年以上はもつという。

 シェール革命はエネルギー産業だけでなく、世界の政治経済に大きな影響をもたらす。最大の変化は、アメリカがエネルギーを自給できるようになることだ。オバマ米大統領は今年の一般教書演説で「アメリカは今後100年分の天然ガスを国内で自給できる」と宣言した。エネルギー価格が下がれば、空洞化する一方だったアメリカの製造業も、エネルギー集約的な重化学工業は国内に回帰するかもしれない。

 オバマ大統領の掲げる「製造業の復活」が実現すれば、貿易赤字が減ってドル高の傾向が強まる。他方、中国は資源輸出国から輸入国に転落し、ロシアはパイプラインを敷設して中国へ天然ガスを供給し、日本にもパイプラインの敷設をするよう誘いをかけている。パイプラインで輸入できれば、コストはLNGの半分以下になるので、政府は北方領土とワンセットで交渉すべきだ。

 このようにシェール革命は、日本のチャンスになりうる。今はLNG(液化天然ガス)を中東から15ドル(100万BTU)というアメリカの5倍の価格で買わされているが、アメリカから輸入できるようになれば、8~10ドル程度に下がる見込みもある。これによってガスタービン・コンバインドサイクルなどの効率のいい発電所をつくれば、コストも下がり、CO2の排出量も石炭の半分ぐらいになる。

 他方、シェール革命でアメリカが中東情勢の安定にあまり力を入れなくなると、依然として中東に大きく依存している日本は、その影響を受ける可能性がある。中でも切迫した危機は、イランの核施設に対してイスラエルが爆撃を予告していることだ。昨年の国連総会でイスラエルのネタニエフ首相は「2013年の春から夏がイランの核開発を止められる限界だ」と表明し、爆撃の可能性を否定しなかった。

 イランは「イスラエルが爆撃した場合には、ただちにホルムズ海峡を機雷封鎖する」と宣言している。日本の輸入する石油の85%、LNGの20%はホルムズ海峡を通っているので、戦争が勃発したら、備蓄のないLNGはたちまち止まる。特に中部電力は電力の40%をカタールからのLNG輸入に頼っているので、大規模な停電も考えられる。原油価格は暴騰し、原発が止まったままだと日本経済は大混乱になるだろう。

 今ペルシャ湾では、米軍と自衛隊などの参加する合同演習が始まっている。これはホルムズ海峡の封鎖に備えるもので、41ヶ国も参加する過去最大規模の演習が行なわれたことは、戦争の危機が切迫していることを示している。機雷が敷設されても除去する訓練はしているが、実際に戦争が起こったらタンカーが航行できるかどうかはわからない。

 安倍政権は選挙対策を最優先して「安全運転」に徹し、原発の問題から逃げているが、中東で戦争が起こると、経済的な打撃は震災に劣らない。しかも今回は予想できる事態なので、「想定外」という言い訳は許されない。震災の最大の教訓は、危機管理は事件が発生してから考えていては遅いということだ。危機をあらかじめ想定してシミュレーションを行ない、そのダメージを最小化する準備が必要である。

 このために重要なのは、定期検査の終わった原発を再稼働することだ。中東で戦争が起こってエネルギーが遮断されても、原発を再稼働するまでに最低でも1ヶ月はかかる。原子力規制委員会は7月に新基準を決めて再審査すると言っているが、彼らにそんな権限はない。今でも定期検査に合格した原発は適法に動かせるので、安倍首相の政治判断で新基準を前倒しで適用して合格した原発から運転を許可すべきだ。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ和平交渉団帰国へ、ゼレンスキー氏「次の対

ワールド

ベネズエラ、麻薬犯罪組織の存在否定 米のテロ組織指

ビジネス

英予算責任局、予算案発表時に成長率予測を下方修正へ

ビジネス

独IFO業況指数、11月は予想外に低下 景気回復期
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナゾ仕様」...「ここじゃできない!」
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 4
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 5
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 6
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】いま注目のフィンテック企業、ソーファイ・…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 10
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story