コラム

アベノミクスの「偽薬効果」に副作用はないのか

2013年04月02日(火)19時11分

 一本調子で急上昇を続けていた株価が、4月に入って下落に転じている。2日の日経平均株価の終値は、131円の続落で1万2003円。一時は300円以上も下がり、2011年の震災直後に匹敵する大荒れの相場になった。これは日本で見ていると驚きだが、世界的にみるとそれほど不思議でもない。

n225.gif 日経平均とドル/円、ユーロ/円レート(4月2日15時現在)出所:Yahoo!ファイナンス


 上の図のように、昨年10月からユーロ(青)が上がり、それにつられてドル(緑)が上がり始めたあと、自民党の安倍総裁が「日銀がお金を配れば景気がよくなる」などと言い始めたため、12月から急に株価が上がり始めた。今年2月までの日経平均の動きは、ユーロ/円レートにほぼ連動している。

 当初の株価の動きは、合理的に説明できる。この時期の日本株買いの主役は外国人の機関投資家で、日本株がドル建てでみると割安になったため、それまであまり投資信託に組み入れていなかった日本株を入れる動きが出てきたのだ。つまりこれは日本株の価格が理論価格より下がったことによる、合理的な「鞘取り」である。

 この間、安倍政権の経済政策は何も実行されていない。年初に補正予算が閣議決定され、日銀総裁を黒田東彦氏に交代させることを決めたぐらいだが、新体制の日銀もまだ何もしていない。それなのに株価が加速度的に上がっているのは、日本の個人投資家が参加してきたためだとみられている。これは経済政策の効果ではなく「安倍首相が何かしてくれるだろう」という心理的な効果である。

 これを経済学で偽薬効果と呼ぶ。偽薬(プラシーボ)とは、新薬の治験を行なうとき心理的な影響を除くために、患者をグループにわけて一方には単なるうどん粉などを投与するものだが、「これは特効薬だ」と言って飲ませると一定の効果がある。同じように経済政策に何も効果がなくても、首相が「景気がよくなる」といえば投資家が元気になるのだ。

 こういう偽薬は、副作用がなければいくら投与してもかまわない。ところがユーロは2月をピークに下降局面に入り、ドルも1ドル=90円台前半で一進一退を続けているのに、日経平均だけは一本調子で上がり続けてきた。これは素人の「チョウチン買い」で、為替の動きから大きく上ぶれしている。4月以降の相場は変調だ。

 収益指標でみても、東証一部上場企業の平均PER(株価収益率)は約21倍と、「過熱している」といわれるニューヨーク市場に比べても2倍近く割高だ。円安による輸出企業の増益効果は1兆円ともいわれるが、原油などの値上がりで貿易赤字は3兆円以上増える。日本経済全体にとって円安がいいこととは限らないのだ。

 来年、消費税率が3%ポイント上がると2%ぐらい物価が上がり、2015年には5%ポイント上がるので3%以上のインフレになると予想される。これは日銀のインフレ目標に含まれるのかという国会質問に、黒田総裁は「含まれない」と明言した。つまり日銀は今後2年間で5%以上のインフレを目ざすことになる。

 通常は消費税率の引き上げのときは、そのインフレ効果を打ち消すために中央銀行は金融引き締めを行なうものだが、日銀は1月の政府との共同声明で「インフレ目標の実現まで引き締めない」と約束してしまった。5%のインフレというのは石油危機以来、日本では経験しなかった異常事態だが、今のままでは日銀はそれを放置するしかない。

 さらに心配なのは、長期金利だ。今は0.5%台と落ち着いているが、これはデフレが続くという市場の予想にもとづいている。もし市場が5%ものインフレを織り込み始めると、長期金利が上昇(国債価格が下落)し、長期金利は5%を超えてイタリアやポルトガル並みになるかもしれない。偽薬の副作用は、決して小さくはないのである。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米アマゾン、今年は「プライムデー」を4日間に拡大 

ビジネス

世界の中銀、金の保有比率増加を予想 ドルの比率減少

ビジネス

需給ギャップ、25年1―3月期は1兆円不足=内閣府

ビジネス

午後3時のドルは144円半ば、日銀会合は想定内で売
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 7
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 8
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 9
    コメ高騰の犯人はJAや買い占めではなく...日本に根…
  • 10
    「そっと触れただけなのに...」客席乗務員から「辱め…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 4
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 7
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story