コラム

政府は「無縁社会」や「孤族」を救えるのか

2011年01月27日(木)18時58分

 NHKは昨年、「無縁社会」というシリーズを組んで反響を呼んだが、今年は朝日新聞が「孤族の国」というシリーズを続けている。今の通常国会の施政方針演説でも、菅首相はこう述べた。


「無縁社会」や「孤族」と言われるように、社会から孤立する人が増えています。これが、病気や貧困、年間三万人を超える自殺の背景にもなっています。私は、内閣発足に当たり、誰一人として排除されない社会の実現を誓いました。


 この方針にもとづいて政府は、福山哲郎官房副長官を座長とする「一人ひとりを包摂する社会」特命チームをつくり、その初会合を1月18日に首相官邸で開いた。このチームでは、24時間体制で相談に応じるコールセンターの設置などを提案し、2012年度中に政策提言「社会的包摂戦略」をまとめる予定だ。

 NHKは「かつて日本社会を紡いできた地縁・血縁といった地域や家族・親類との絆を失った」と嘆き、朝日新聞は「昔なら身内に任せていたような役割が、今はビジネスになる。ゆりかごから墓場まで、誰かに家族の代わりを務めてもらわなければ、うまく生きていけない」と書いている。そこには、かつてあった「有縁社会」が本来のあり方で、今は間違った状態だというイメージがあるようだが、それは本当だろうか。

 たしかに戦後しばらくまであった農村などのコミュニティのつながりが希薄になったことは事実だが、高度成長を支えたのは、農村の次三男が故郷を離れて都会で働く集団就職や出稼ぎだった。映画「ALWAYS 三丁目の夕日」は、1958年に集団就職で上京した少女の物語だが、そこに描かれているのは、不安もあるが新しい同僚や恋人ができ、希望に満ちた時代だった。高度成長期には、人々は進んで無縁社会を選んだのだ。

 若者は都会に就職し、会社という共同体で「有縁化」されて企業戦士になった。企業は彼らに終身雇用と年功序列を保障し、年金・退職金や福利厚生施設で手厚く守った。それは急速に成長する日本で不足していた労働者を企業に囲い込むシステムだった。「無縁化」は、今に始まったことではない。それは都市化の一面であり、元に戻すことは不可能である。

 いま起こっているのは、いったん無縁化された人々が、都会の中で会社という形で再編成されたコミュニティ(社縁)の崩壊だ。90年代後半の信用不安で倒産・失業が増えた時期に自殺率が急増したことも、これと無関係ではない。かつての集団就職では都会に憧れた若者が自発的に故郷を離れたが、いま社縁を失った中高年の労働者には行先がない。自民党政権はその雇用をつくろうとして公共事業を繰り返したが、それは今、巨額の財政赤字となり、さらに多くの雇用を奪うかもしれない。

 菅首相の思いとは違って、無縁社会は必ずしも悪ではない。施政方針演説では「労働者派遣法の改正など雇用や収入に不安を抱える非正規労働者の正社員化を進める」という方針が改めて表明されたが、政府が派遣労働を規制しても、派遣社員は職を失うだけで、正社員にはなれない。会社が社員を「包摂」するシステムは決定的に崩れており、それを政府が再建することはできないのだ。

 近代社会の原則は、自分の生活は自分で働いて支えることである。政府の仕事は人々の機会均等を保証することであって、結果の平等を求めることではない。崩れつつある日本の会社ネットワークを政府が延命することは、財政的に不可能であるばかりでなく、人々を幸福にすることもできない。政府は余計なおせっかいをやめ、個人の自立を支援するという役割に戻るしかない。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

フーシ派、米と船舶攻撃停止で合意 イスラエル攻撃は

ビジネス

中国人民銀、預金準備率0.5%引き下げ方針 総裁が

ワールド

北朝鮮、金総書記が軍需工場視察 砲弾生産力拡大を称

ワールド

米イラン第4回核協議、オマーンで週末に開催見通し=
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 2
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 3
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗と思え...できる管理職は何と言われる?
  • 4
    分かり合えなかったあの兄を、一刻も早く持ち運べる…
  • 5
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 6
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 7
    「欧州のリーダー」として再浮上? イギリスが存在感…
  • 8
    首都は3日で陥落できるはずが...「プーチンの大誤算…
  • 9
    ザポリージャ州の「ロシア軍司令部」にHIMARS攻撃...…
  • 10
    メーガン妃の「現代的子育て」が注目される理由...「…
  • 1
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 2
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 3
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1位はアメリカ、2位は意外にも
  • 4
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 10
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story