コラム

鳩山氏のNYタイムズ論文が引き起こした思わぬ波紋

2009年09月03日(木)17時32分

 まもなく日本の首相になる民主党の鳩山由紀夫代表がニューヨーク・タイムズに寄稿(?)した論文が、世界に波紋を呼んでいる。当のNYタイムズが「民主党は市場の改革を放棄した」と題する記事を書き、ワシントン・ポストやウォールストリート・ジャーナルなどの主要紙も、いっせいに鳩山論文の「反グローバリズム」を非現実的な反米路線として批判した。

 ところが鳩山氏は「あの論文は私が寄稿したものではない」と否定している。民主党側の説明によれば、問題の英文は『VOICE』9月号に掲載された論文を鳩山事務所が英訳してロサンジェルス・タイムズに提供したが、NYタイムズに出るとは知らなかったという。内容も原文の半分以下に圧縮され、「市場原理主義」批判の部分だけが誇張されている。

 これに対してNYタイムズは「あの論文はシンジケートで配信されたもので、当社の編集判断ではない」と説明している。シンジケートというのは、日本でいえば通信社の記事を地方紙が載せるように、同じ記事を世界の新聞が転載するシステムだ。奇妙なことに、LAタイムズには鳩山論文は掲載されず、クリスチャン・サイエンス・モニターというウェブ専門紙に8月19日に掲載され、26日にシンジケートの事務局であるインターナショナル・ヘラルド・トリビューンとNYタイムズに同時に掲載された。

 まだ事実関係がはっきりしないが、民主党によれば、LAタイムズの日本の代理人は「鳩山氏の署名でシンジケートに配信する」とは説明せず、原文を抜粋した最終版も見せなかったという。鳩山氏側の提供した英文をそのまま載せるなら問題はないが、それを半分以下に縮めて著者の了解をとらないで世界に配信するのはルール違反である。少なくとも"by Yukio Hatoyama"という署名はつけるべきではない。

 しかし鳩山氏側も、英訳した論文がどこに掲載されるのか、著作権はどうなるのか、などの確認をせず、19日にCSモニターに掲載されたのも知らなかったという。NYタイムズ論文が海外メディアで取り上げられてから、あわてて事実を確認し、上のような経緯がわかったらしい。選挙戦の最中でもあり、海外メディアに何が出ているかまで注意する余裕はなかったのだろう。

 民主党が圧勝し、鳩山氏が次期首相になると決まったとき、海外メディアが彼を知る材料はほとんどなかった。特に英語圏のメディアは英語で書かれた文章しか読まないので、鳩山氏の署名入りで一流紙に書かれたNYタイムズ論文が注目され、特にその内容が「東アジア共同体」を提唱する刺激的なものだったため、予想以上の反響を呼んだわけだ。当然、オバマ大統領もこの論文を読んだだろう。きのう鳩山氏はオバマ氏と電話で会談して「真意」を説明したようだ。

 これまでの説明を聞くかぎり、LAタイムズの説明不足が混乱の原因だと思われるが、鳩山氏側の情報管理も甘かったといわざるをえない。たとえは悪いが、ちょっと前までは田舎芝居の座長だった俳優が、ある日突然、世界のスーパースターになったようなもので、一挙手一投足が注目されることに戸惑っているようだ。よくも悪くも、鳩山氏は(今のところ)世界第2の経済大国の指導者になるのだ。今回の事件を教訓として、民主党は海外を含めたメディア戦略を立て、危機管理体制をしっかりする必要がある。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米軍、イランの核施設3カ所に攻撃 トランプ氏「非常

ビジネス

アングル:米製薬会社、中国企業開発の新薬候補に熱視

ワールド

焦点:米大平原から消えゆく小麦畑、価格低下と干ばつ

ワールド

イランとイスラエル、再び互いを攻撃 米との対話不透
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 2
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    イランとイスラエルの戦争、米国より中国の「ダメー…
  • 6
    【クイズ】次のうち、中国の資金援助を受けていない…
  • 7
    ジョージ王子が「王室流エチケット」を伝授する姿が…
  • 8
    中国人ジャーナリストが日本のホームレスを3年間取材…
  • 9
    イギリスを悩ます「安楽死」法の重さ
  • 10
    「巨大キノコ雲」が空を覆う瞬間...レウォトビ火山の…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 10
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 8
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 9
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story