コラム

自由主義を装った重商主義の危険

2009年07月16日(木)15時50分

 1930年代の大恐慌を悪化させた要因として、各国が保護貿易をとったことはよく知られている。特にアメリカが1930年に施行したスムート・ホーレー法は、2万品目以上の輸入品の関税を禁止的な高率に引き上げるもので、各国がこれにならった結果、世界の貿易額は半分以下に激減し、世界に恐慌が拡大した。

 この教訓はよく知られているので、今月開かれたG8サミットの共同声明でも、「輸出を促進するため、貿易のゆがみを減らし、貿易と投資に新たな障壁を作らず、WTO(世界貿易機関)に矛盾する措置を講じない」として、保護主義への警戒を呼びかけた。しかしアメリカ政府は景気対策法に自国製品を優先購入する「バイ・アメリカン」条項をつけ、中国は地方政府に「バイ・チャイニーズ」を通達するなど、保護主義が静かに広がっている。金融機関や自動車メーカーの救済も、国内の雇用を守る実質的な保護主義である。

 このような重商主義が有害だというのは経済学の常識だが、実際には完全な自由貿易をとっている国はほとんどない。かつての日本や現在の中国は、国内産業に補助金を出す重商主義的な政策をとった。それが彼らの高い成長に寄与したのか、それとも政府の関与は有害だったのかについては議論があるが、今でも発展途上国では政府と企業が癒着して重商主義的な政策が広く行なわれている。

 そしてアメリカも例外ではない。自由貿易を標榜したブッシュ政権が、ウォール街と癒着して投資銀行を十分規制しなかったことは周知の事実だ。これは「政府が民間企業に介入しない」という自由主義を装ってはいるが、実際には投資銀行の過剰融資を放置して彼らのビジネスを有利に進める保護主義の一種だった。今回の金融危機が示したのは、このような偽装された重商主義が、古典的な保護主義より破滅的な結果をもたらすということだ。金融のように社会的影響の大きい産業では、「自由主義か重商主義か」という古典的な二分法ではなく、むしろ政府が民間企業の情報を積極的に収集し、必要な場合は介入すべきである。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、イスラエルとイランの停戦合意を期待

ビジネス

仏ルノーCEOが退任へ、グッチ所有企業のトップに

ワールド

トランプ氏の昨年資産報告書、暗号資産などで6億ドル

ワールド

イラン、イスラエルとの停戦交渉拒否 仲介国に表明=
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story