コラム

馬は人間の恐怖を「におい」で察知し、その影響を受け警戒を強める──「種を超えた感情伝染」と仏最新研究

2026年01月23日(金)22時15分

乗馬の初心者は、しばしば指導者に「人が怖がると、馬にもそれが分かってしまって上手に扱えなくなる」と注意されます。では、馬は人の恐怖をどのようにして察知するのでしょうか。こわばった表情からでしょうか。震える声からでしょうか。

ところで、嗅覚は最も原始的な感覚です。昆虫から哺乳類までのほとんどの動物で、母子認識、性的魅力、仲間への警戒シグナルの判別等、幅広い生物学的機能に使われています。また、コンパニオン・アニマルの代表格である犬は、人のストレスを嗅覚で感じ取ることができるという研究成果が発表されています。

今回、フランスの馬の研究者たちは「何千年も人と暮らしている馬も、人のにおいだけから感情を察知できるのではないか」と考えました。そこで、人の姿という視覚情報をなくして、「人が恐怖や喜びを感じている時に発するにおい」に対する馬の反応を調査しました。

ホラー映画で「恐怖の汗」、楽しい動画で「喜びの汗」を採取

実験では、まず30人の成人ボランティア(男性8人、女性22人)の脇の下から汗のサンプルを採取しました。参加者には食事制限を設け、汗を採取する2日前から体臭に影響を与えることが知られている特定食品(唐辛子、スパイス、ブルーチーズ、タマネギ、ニンニク、キャベツ、タバコ、アルコール)の摂取を控えてもらいました。

さらに、デオドラント、香水、香り付きローションの使用も禁止し、実験者が用意した無香料の石鹸で入浴した後、汗の採取日前日は、脇の下をきれいな水だけで洗い流すことを義務付けました。

汗の採取日当日、各参加者は脇の下に綿パッドを装着し、用意された40℃のきれいな水で事前に洗濯した綿のTシャツを着用しながら、「恐怖体験」と「喜び体験」が想定される2つの異なるビデオを視聴しました。

恐怖体験ができる映像として選ばれたのは、サスペンスホラー映画『Sinister(邦題「フッテージ」)』の抜粋でした。喜び体験のビデオクリップは、ミュージカル映画『雨に唄えば』のダンスシーンや『グリース』の遊園地のシーンでした。

それぞれの状態で脇の汗が綿パッドに集められ、アンケートによって恐怖の感情も喜びの感情も強く感じた上位14人(男2人、女性12人)の汗を馬に嗅がせることになりました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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