コラム

マズローの欲求5段階説にはさらに上があった。人類が目指す「自己超越」とは

2018年12月18日(火)16時00分

その「静かで」「すばらしい」意識の状態にとどまっている経験のことを、マズローは「高原経験」と呼んだ。険しい山道を登りつめたところで、視界に広がる高原。楽しいことが起こる必要もなく、ただそこにたたずんでいるだけで内側からあふれてくる幸福感。そういう感じに近いので、マズローはこの感覚のことを「高原感覚」と呼んだのだろう。

自己実現してもつきまとう欠乏感

広く知られているマズローの5段階説では「自己実現」がピラミッドの頂点。そこに到達すれば、それ以上の欠乏感も、欲求もなくなるはず。ところが自分の可能性を最大限に発揮して活躍できたあとでも、虚しさや欠乏感に苦しむ人が多い。

僕は経営者の友人が多いんだけど、事実、そういう話をよく耳にする。「ITベンチャーとして成功して生活に困らなくなったけど、次に何をしたらいいのか分からないんです。自分は孫正義さんのような経営者になれるような器ではないし。会社は部下がうまくやってくれていて、僕はほとんどすることがない。週に3回くらいは会社を抜け出してサウナに行ってます」「上場した企業の経営者の集まりに出かけたんですが、8割くらいの経営者はやる気がなさそう。目標を失ったんでしょうね」「東南アジアには日本で成功したお金持ちがたくさん移住してきていますが、ほとんどの人は楽しそうじゃない。自分の資産が減るのではないかとビクビクしている人が多いんです」。

Martin博士自身も、広告会社などで大成功し巨額の富を得たが、不安感、欠乏感を拭い去れなかったという。「お金持ちになれば欠乏感がなくなるのかと思ったけど、欠乏感はなくならなかった。一方で自分よりお金もないし成功していないのに、幸せそうな人がいる。何が彼らを幸せにしているのか、知りたいと思いました」。同博士は事業を売却し、ハーバード大学などで「本当の幸せ」について研究を始めたのだという。

自己実現しても、なくならない欠乏感。ましてや社会的欲求、尊厳欲求、自己実現欲求のど真ん中にいる人たちは、欠乏感をベースに努力を重ねている。

「恐れ、欠乏感は進化の過程では必要な感覚なんです。お腹がいっぱいになっても、すぐに敵に襲われるかもしれない。そういう恐れがあるからこそ、生物は生き延びることができる。でも人間は既に食物連鎖の頂点にいて、猛獣から襲われる心配もない。(都市部で生活するにあたって)恐れや欠乏感はもうそれほど必要ではないんです」と同博士は指摘する。

欠乏感から解放されて、高原にいるような幸福感に浸りたい。仏教などの教えによると、自我を超越すると欠乏感から解放され、幸福にたどり着けるという。欠乏感を生む自我を超越したい。現代人の多くがそう感じ始めている。「自己超越欲求」に目覚めた人が増えてきているのかもしれない。

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Jeffery Martin

欠乏感を脱却できた人が到達するPNSEと呼ばれる意識レベル

さてではその自己を超越した状態とはどういう状態のことを言うのだろうか。悟りを開いたと言われる人たち、自我を超越したといわれる人たちの心理状況、身体状況はどのようなものなのだろう。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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