コラム

ロボットを通じてALS患者の友人と過ごしたかけがえのない時間

2015年12月08日(火)12時13分

 それから半年ほどたって、友人たちが高野さんの誕生日会を開いた。高野さんを慕う250人以上が集まる大きなイベントとなった。半年間で症状はさらに悪化し、誕生日会では高野さんは車イスに乗り、高野さんがパソコンに打ち込んだメッセージがコンピューター音声に変換されて会場に流れた。

 その後も仲間たちは、週末になると入れ替わり立ち替わり高野さんの自宅を訪問しているようだが、僕はまだ会いに行けていない。会いたい気持ちはあるが、会いに行けない。なぜかは自分でもよく分からない。

 吉藤さんを僕に紹介してくれたのも高野さんだった。「OriHimeを開発した吉藤さんに会ってきました。ALS患者にとってすごく可能性のあるロボットだと思いました。ぜひ湯川さんにも会ってもらいたいです」。

 高野さんは、自分の置かれた状況を悲観するでもなく、その状況の中で自分にできることを精一杯しようとしている。これまでに培った技術力と人脈を駆使して、ALSを始めとする心身障害者を支援するテクノロジーを開発しようとしているのだ。吉藤さんとも協力体制を組んでいるらしく、吉藤さんとの打ち合わせの最中に、勉強会にこっそり登場してみんなを驚かせようという「悪巧み」を思いついたようだった。

 確かに驚いた。そしてうれしかった。

情報以上の何かを伝達する不可欠な存在に

 ロボットを操作している人が知り合いであれば、ロボットがその人のように見えてくる。そういう話を聞いたことがある。OriHimeは体長20センチほど。OriHimeが身長180mほどある高野さんのように見えることは、さすがにすぐにはなかった。ただ遠隔操作しているのが高野さんだと分かると、高野さんの存在を確かに身近に感じるようになった。

 勉強会の様子は、ビデオ会議システムを通じて以前から高野さんを含む何人かが視聴できるようにしてあった。ビデオカメラの向こうに高野さんがいることは分かっていたが、勉強会の最中にはその事実を忘れて目の前の議論に夢中になることが多かった。

 しかしOriHimeの向こうに高野さんがいるとなると、OriHimeの動きが気になるようになった。OriHimeがうなづくと「ああ、高野さんもそう思っているのか」と思ったし、プレゼンが映しだされるスクリーンを方を向いていると、「お、高野さんはここに関心があるんだな」と思った。「OriHimeと目が会うと、ニコっとしている自分に気づきました。OriHimeのことを高野さんだって完全に思ってました」。参加者の一人はそう語ってくれた。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米PCE価格指数、3月前月比+0.3%・前年比+2

ワールド

ベトナム国会議長、「違反行為」で辞任 国家主席解任

ビジネス

ANAHD、今期18%の営業減益予想 売上高は過去

ワールド

中国主席「中米はパートナーであるべき」、米国務長官
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 8

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story