コラム

南シナ海「海上の長城」に対峙する台湾を、守るアメリカ、逃げる日本

2019年04月20日(土)15時30分

軍事演習を視察する台湾の蔡英文総統 Tyrone Siu-REUTERS

<アメリカ駆逐と中国覇権の第一歩となる危機を前に、緊密化する米台と親密化する日中関係の落差>

中国の習近平(シー・チンピン)国家主席が1月2日に「祖国の統一」を強調する講話を発表して以来、人民解放軍による無謀な挑発行為がエスカレートしている。

3月末、中国空軍のJ11(殲11)2機が台湾海峡の中間線を越えて、台湾側へ43カイリも侵入した。台湾軍の戦闘機が緊急発進する事態となり、東アジアの国際関係は一気に緊張してきた。習政権の挑発に敢然と立ち向かう台湾の蔡英文(ツァイ・インウェン)総統は4月4日に空軍第四戦術戦闘機連隊を視察。「国家の主権たる領土は一寸たりとも譲ってはいけない。民主主義と自由主義の後退を許してはいけないことを世界に示そう」と空軍兵士らを激励し、不退転の意志を表明した。

中国による一方的な挑発を見て、アメリカも相次いで対策を講じている。4月3日、米大使館に相当する米国在台協会は「05年以降、海兵隊員を含む陸海空軍の軍人が台北に派遣され、協会の警備に当たってきた」と明らかにした。

軍人の台北派遣について、中国政府はずっと「断固反対」と唱えており、アメリカもこれまで公式には否定してきた。ここに至って積極的に公開に踏み切ったのには、中国を牽制する意図があると言えよう。

同じ頃、米国防総省も明確なメッセージを発信した。東シナ海に面した山東省青島で中国が4月23日に開催予定の国際観艦式に、米艦艇の派遣を見送る方針を表明。観艦式は中国海軍創設70周年を記念して行うもので、日本を含む多くの国が艦艇を送る予定だ。

そもそも中国空軍は日本軍、海軍は中華民国(台湾)軍を起源としている。中国共産党が中華民国政府に反乱を起こした1920年代、共産党軍は山林に潜む盗賊にすぎなかった。第二次大戦後、共産党は日本軍の残留将校を集めて満州に航空学校を創設し、47年に人民解放軍と改称した。

シーレーン断絶の悪夢

49年10月に中華人民共和国の建国が宣言された際、天安門広場の上空を飛んだ空軍パイロットを訓練したのは彼ら日本人。海軍も中華民国から帰順した軍人が主体だった。

それから70年が過ぎた今、人民解放軍は「祖国防衛」に徹すると言いながら爪を隠す「韜光養晦(とうこうようかい)」戦略を完全に放棄した。南シナ海では島しょ部に軍事要塞を構築して「海上の長城」を建設し、自国の内海にしようとしている。台湾は「海上の長城」に対峙する敵のとりでで、早晩、攻撃しなければならない標的だ。

それだけではない。台湾が「解放」されて「祖国の懐」に帰ってきた暁には、北部の基隆と淡水、南部の高雄など良質な港は中国海軍の母港となり、東部の花蓮空港は解放軍の空軍基地に変身する。こうなるとアメリカをアジアから駆逐し、「アジアの安全保障はアジア人の手で」という中国主導の国際秩序の構築が可能になるだけではない。習政権が描く世界制覇への第一歩も踏み出すことになる。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

株式・債券ファンド、いずれも約120億ドル流入=B

ワールド

中国、総合的な不動産対策発表 地方政府が住宅購入

ビジネス

アングル:米ダウ一時4万ドル台、3万ドルから3年半

ワールド

北朝鮮、東岸沖へ短距離ミサイルを複数発発射=韓国軍
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story