コラム

竹田JOC会長事件は、フランスの意趣返しか?

2019年01月16日(水)18時00分

国際金融犯罪取り締まりの重要性は高まっている

しかし、この事件をフランス司法当局が重要視しているのは、近年高まっている国際金融犯罪取り締まりの重要性ゆえであろう。竹田会長を取り調べたヴァン・リュインベック予審判事は、これまでフランス国内の政財界の重大な汚職事件や国際金融犯罪を担当してきたことで知られている。有名な政治家でも大企業でも容赦なく裁いてきた予審判事として、敵も多いが、国民からの評価も高い。そうした敏腕の予審判事が担当していることで、フランス司法当局の本気度が窺われる。

その捜査の対象に竹田会長がなっているということをどう考えたらいいのか。

おそらく、フランス司法当局の狙いの本丸は、竹田会長ではなく、オリンピック開催地決定そのものをめぐる不当な資金の流れの解明と摘発、特に収賄側であるセネガル出身IOC委員とその息子に関わる不正を暴くことであろうと推測される。とは云え、身に振る火の粉は払わないといけない。竹田会長が、日本の招致委員会からの資金は贈賄には当たらないということをきちんと説明して、身の潔白を証明することを期待したい。

日仏間の対立案件ではなく、むしろ協力案件

ところで、このように、竹田会長の問題とゴーン氏の問題が、同じような国際金融犯罪の一環として捉えられることは、日本側にとって愉快なことではない。

しかし、日本の検察が立件しようとしている、ゴーン氏の国際金融ネットワークを使った所得隠しや不正送金は、フランスの司法当局が立件しようとしているオリンピックを巡る不正な資金の流れと、同根の問題だ。国際企業の経営者や国際的有力者、高額所得者などが、複雑な国際金融システムを隠れ蓑として、巧妙な税逃れをしたり、不当な所得を得たりして、国際的な金融犯罪を犯すことは、日本にとってもフランスにとっても、取り組むべき大きな課題である。

そうした文脈に置き換えてみると、今回竹田会長がフランスの司法当局から事情聴取を受けたことと、ゴーン氏が日本の検察の捜査を受けていることは、日仏間の対立案件ではなく、むしろ協力案件であるという見方ができる。

事実、東京地検特捜部は、フランス検察からの要請を受け、国際捜査共助の一環として竹田会長の事情聴取を行ったと伝えられている。ルモンド紙の報じるところによれば、2017年2月に東京都内のホテルで行われたとされる。

国際捜査共助の一環として行われたのなら......

これが国際捜査共助の一環として行われたとすれば、そもそも捜査共助は、双方の国においてともに罰せられる犯罪であることが要件である(双方可罰性の原則)ことからして、日本の検察も、フランスの検察と、犯罪容疑についての可罰性については認識を共有していたということを意味する。だとすると、日仏の検察当局は、国際金融犯罪の摘発という目的では一致し、協力してきたということだ。

それなのになぜ、日本の検察は竹田会長の事案を立件しようとしないのか、ということを、フランスの検察が不思議に思っているとしても不思議ではない。

少なくとも、ゴーン氏の事件では、起訴前から身柄を拘束し、次から次へと容疑を追加して、勾留と捜査を続けているのに、なぜ、竹田会長の事件では、勾留はおろか、取り調べすらしないのか、ということに対して、日本の検察はどう考えているのだろうか、との疑問をフランス司法当局が抱いているとしてもおかしくはない。

ひょっとしたら、そのことに対する無言の圧力として、リークが行われたのでは、というのは、ゲスの勘繰りであればいいが...。

プロフィール

山田文比古

名古屋外国語大学名誉教授。専門は、フランス政治外交論、現代外交論。30年近くに及ぶ外務省勤務を経て、2008年より2019年まで東京外国語大学教授。外務省では長くフランスとヨーロッパを担当(欧州局西欧第一課長、在フランス大使館公使など)。主著に、『フランスの外交力』(集英社新書、2005年)、『外交とは何か』(法律文化社、2015年)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請1.8万件増の24.1万件、2カ

ワールド

米・ウクライナ鉱物協定「完全な経済協力」、対ロ交渉

ビジネス

トムソン・ロイター、25年ガイダンスを再確認 第1

ワールド

3日に予定の米イラン第4回核協議、来週まで延期の公
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story