コラム

ウクライナ戦争とフランス大統領選挙の意外な方程式

2022年03月07日(月)16時15分

マクロン大統領とプーチン大統領の首脳会談(2月7日、モスクワ)Sputnik/Kremlin via REUTERS

〈「戦時大統領」に対する「旗下集結効果」と対立候補の「敵失」によって、マクロン一人勝ちの状況が生じている〉

ほぼ一か月後に迫ったフランス大統領選挙(4月10日に第1回投票、同24日に上位2候補による決選投票)が盛り上がらない。本来であれば、3月4日に行われたマクロン大統領の正式立候補表明を受けて、一気に対立候補たちが現職マクロン批判の攻勢を強め、選挙戦が本格化するはずであった。

その出鼻を挫いているのが、ウクライナ戦争だ。フランスのメディアも、大統領選挙そっちのけで、連日ウクライナ情勢を大きく報じている。

ゼムールとルペンの失策

そうした中で、精力的にプーチン大統領と会談を行うなど、大国の指導者としての存在感を示しているマクロン大統領に対する国民の信任は厚い。Haris Interactiveの最近の世論調査によれば、マクロン大統領が、このような危機に対処・対応できる能力と資質を有していると考えるフランス人は58%に上る。一方、右翼候補のゼムールについてそう考えるフランス人は21%、ルペンについては28%にとどまる。

RTS5MELB.jpegゼムールの選挙集会(2月19日、モンサンミッシェル)REUTERS/Pascal Rossigno


RTS5Y38G.JPGマリーヌ・ルペン REUTERS/Johanna Geron


これは、いわゆる「戦時大統領」に対する一種の「旗下集結効果」(国際的な危機に際し、一時的に国家指導者に対する国民の支持が高まる現象)によるものだが、それだけではない。ルペンは、ここ10年程の間、ロシアによるクリミアの併合を認めるなど、ロシア寄り、親プーチンの姿勢を折に触れて明らかにしてきた。同じくゼムールも、ロシアの軍事侵攻直前まで「賭けてもいいがロシアはウクライナを侵略などしない」と公言したり、ウクライナのNATO加盟に反対を表明するなど、ロシア寄りの言動を憚らなかった。ことここに至って、ようやく両候補ともロシアの軍事侵攻を非難するなど、慌てて軌道修正を図っているが、遅きに失した。少なからざる支持者の離反を招いているのは間違いない。

ペクレスの失策

右派のぺクレス候補も、ここは自分の出番とばかりに、過去の共和派政権時の国防相経験者を集めて「影の安全保障閣僚会議」を開いて見せたが、うわべだけとネットメディアで酷評され、身内の同僚議員からも「茶番」と評されるなど、自らの政権能力を誇示するどころか、却って疑問符をつけられる結果になった。

プロフィール

山田文比古

名古屋外国語大学名誉教授。専門は、フランス政治外交論、現代外交論。30年近くに及ぶ外務省勤務を経て、2008年より2019年まで東京外国語大学教授。外務省では長くフランスとヨーロッパを担当(欧州局西欧第一課長、在フランス大使館公使など)。主著に、『フランスの外交力』(集英社新書、2005年)、『外交とは何か』(法律文化社、2015年)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

外貨準備のドル比率、第3四半期は56.92%に小幅

ビジネス

EXCLUSIVE-エヌビディア、H200の対中輸

ワールド

25年の中国成長率、実際は2─3%台か 公式値の半

ビジネス

利下げしなければ、景気後退リスク増大─ミランFRB
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 5
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 6
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 9
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story