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ドイツの街角から

シュピッツナーゲル典子|ドイツ

森が変わるハルツを歩く ・ 展望タワーから見た温暖化の現実と未来

森を蝕む二重の脅威 ― 気候変動と樹皮虫

では、ハルツの森に何が起きたのか。

最大の要因は、気候変動と樹皮虫(ボルケンケーファー)による被害だ。

ハルツ山地の国立公園の9割以上が森林で、主にモミとブナの森。この地域では長年、林業の効率を重視して単一植林が続いてきた。しかし近年の猛暑と乾燥で木々は弱り、水分ストレスに耐えられなくなった。

そこへ小さな樹皮虫が襲いかかる。一度発生すると爆発的に増え、数週間で広範囲の森林を枯死させてしまう。緑に覆われていた山々が、いまや灰色の帯に変わってしまい、それは単なる景観の変化ではなくなった。

森林の衰退は、土壌の崩壊、水源の減少、生物多様性の喪失といった連鎖的な影響をもたらしている。ハルツ国立公園のレンジャーたちは、この地を「気候危機が可視化された場所」と呼んでいるそうだ。

自然に委ねる再生 ― 枯れ木の下に芽吹く命

しかし、荒廃の中にも希望が芽生えている。倒木の下や裸地に、広葉樹の若木が次々と芽吹いているのだ。カエデやブナ、ナラなど、より多様で気候変動に強い樹種が徐々に新しい世代を形づくりつつある。

©norikospitznagel  荒廃の中にも確かに希望が芽生えはじめた

国立公園の一部では「自然に委ねる」方針がとられ、枯死木や倒木をあえて撤去せず、そのままにすることで、土壌の保護や生態系の回復を助けている。倒木は昆虫や菌類のすみかとなり、やがて土に還り、新しい命をはぐくみ、その循環が新しい森を育てる養分となる。

一方で、公園外の地域では人の手による再植林も進み、多様な樹種による混合林づくりが試みられている。ここでは広葉樹と耐乾性のある針葉樹を組み合わせた混合林が導入され、気候変動への耐性を高める対応を継続的に行っている。かつて「スプルース」一色だった山々は、次第に多様な森へと変貌していく様子を目にするだろう。

旅人が出会う「気候変動の現場」

ハルツ展望タワーから見下ろす光景は、美しいとも悲しいとも言い切れない。灰色の木々と新緑の芽吹きが交錯する風景には、地球のいまがそのまま刻まれている気がする。

©norikospitznagel 訪問日は強風と雨に見舞われたが、2つ目の展望台(9ステージ)まで歩いた

「温暖化は未来の話ではなく、もう私たちの目の前で進んでいる」。そんな実感が胸に残る。そして、立ち枯れの中から力強く伸びる若木を見つけると、自然の再生力への希望もまた感じられる。

旅人にとってここは、風景を体験するだけでなく、環境問題を自分の感覚で考える場所でもある。

観光と気候意識の接点へ

ハルツ地方の観光当局は、こうした森林の変貌をあえて隠すのではなく、「教育と啓発の資源」として活かしている。

©norikospitznagel 時代と共に変遷するブロッケン山

ハイキングルートには道標が設置され、森林の衰退と回復の過程を解説している。ガイド付きツアーや子ども向けプログラムもあり、訪問者が「温暖化の現場」を体感的に学べる工夫もなされている。

観光と環境意識が結びつくことで、訪問者は単なる観光客から「気候危機を考える参加者」へと変わる。ハルツ展望タワーはその入り口として、強い象徴性を持つ存在だ。

森の未来は...

Profile

著者プロフィール
シュピッツナーゲル典子

ドイツ在住。国際ジャーナリスト協会会員。執筆テーマはビジネス、社会問題、医療、書籍業界、観光など。市場調査やコーディネートガイドとしても活動中。欧州住まいは人生の半分以上になった。夫の海外派遣で4年間家族と滞在したチェコ・プラハでは、コンサートとオベラに明け暮れた。長年ドイツ社会にどっぷり浸かっているためか、ドイツ人の視点で日本を観察しがち。一市民としての目線で見える日常をお伝えします。

Twitter: @spnoriko

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