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ドバイ像の砂上点描

Mona|UAE

多民族国家UAEがコロナ禍で「成し遂げていた」こと

(Jetlinerimages-iStock.)

多民族国家UAEとコロナ禍

中東において、世界の人間が最も数多く交差する国。それがアラブ首長国連邦ーUAEである。

エミレーツ航空という世界の大動脈を有し、全住民の9割近くを外国人が占めるこの国には、200の国籍の人々が暮らすと言われている。世界と繋がる国際色豊かな国だからこそ、比較的早い時期からコロナとの厳しい戦いを繰り広げてきた。日本とは異なり、24時間の外出禁止令、いわゆるロックダウンを実行した国のひとつでもある。

政府の強力なリーダーシップの下、様々な施策が矢継ぎ早に打ち出された中、もちろん多くの痛みや混乱もあったが、この国ならではの実績もある。

ロックダウンや空路封鎖、ドローンによる消毒作業など、痛烈で派手な策ばかりが注目されがちだが、それと平行して、この新興の国が成し遂げていたことを紹介したい。

自国民も、外国人も。国の負担で無料治療

UAE保健省は、国籍や滞在ステータス(自国民/外国人居住者/旅行者)を問わず、無料で治療することを発表。保険加入の有無すらも問わなかった。冒頭でも述べたが、UAEは人口の9割近くが外国人で構成される。この国は、外国人なしでは決して回らない。そんな国だからこそと思う、UAEらしい決定である。

例えば知人のフィリピン人は、陽性者との濃厚接触があったとのことで2週間強制隔離されていたのだが、その間の生活費は無料な上に、出稼ぎ労働者としての普段の食事に比べると、随分と「良い食事」を与えられたらしく、ここぞとばかりに食を満喫。ムチムチ・ボディになって帰ってきていた。

勿論、日本人も例外ではない。ドバイでは、ワールド・トレード・センター(東京ビッグサイトのような国際展示場)が仮設病院に姿を変えていたのだが、7月上旬の閉鎖(営業終了)時には最後の患者であった日本人駐在員が盛大な祝福を受けて退院した。その様子をメディアで目にした人も多いことだろう。あれは無料で行われたのである。

世界トップクラス。圧倒的なPCR検査実施率

また、単位人口あたりのPCR検査実施率が世界トップクラスであることが特筆される。

(この点においては日本と真逆の方針だ。検査数を増やすことの是非は、今回の主題ではない。)ともかくUAEは「検査をたくさんやる」という方針に決めており、それを徹底的に実行した。やると決めたからには、世界トップクラスに至るまで、やり尽くす。その実行力がUAEらしい。

実際には世界6位なのだが、1〜5位はアンドラ公国やモナコなど、小さな小さな国ばかりだ。990万人という人口を抱えたUAEと、それら小規模な国家では、実施の難易度が違うことは明白だろう。

UAE

人口:9,909,913

累計感染者数:69,690

累計回復者数:60,600

累計死亡者:382

累計PCR検査数:7,011,895

人口100万人あたりの検査実施数:707,564※

(出典:worldometers.info、2020年8月31日時点)

※この数字は「のべ」なので、1名が複数回受けた場合もカウントされている。

検査は、特に感染源と見られる労働者地区(労働キャンプ)に出向いて徹底的に行われた。そこは、UAEの屋台骨を支えるインドやパキスタンのブルーカラー労働者たちが共同生活を送る地区で、安アパートの1部屋に2段ベッドを何台も詰め込んで生活をしているところだ。三密な環境、衛生水準、知識や情報。さまざまな側面から、感染リスクの高い地域であることは明らかだった。

平行して、UAE各地にドライブスルー形式の検査センターが即座に設置され、希望者は申込めば検査を受けることができた(有料)。これは8月末の現在でも続いており、今日も朝から車列ができていた。

公立校への端末無料配布

当地でも学校はオンライン授業に切り替わったのだが、オンライン授業に必要な端末は、政府の負担で配布された(公立校)。比較的豊かなイメージのあるこの国にも、子どもに端末を買い与えてる家庭、そうではない家庭、どちらも存在するのは当然で、UAE政府はそれごときで教育を受ける機会に差がつくことを良しとしなかった。

家電を取り扱う知人の会社でも、4,000台を超えるタブレット端末をドバイ市内の公立校に納入している。(コロナ禍で出た損失に対し、多少は埋め合わせになったことだろう。)

ロックダウンや空路封鎖が行われている背後では、このような策が着々と実行されていたのである。

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(ドバイ水族館の清掃員は防護服姿。観光客の姿はまばら。筆者撮影)

最大の課題はドバイ経済

感染拡大のピークは過ぎた現在だが、私たちは、経済の停滞という大きな問題が襲いかかってきていることを実感することになった。

そもそもドバイには、天然資源がない。

石油が出るのは隣のアブダビ。

ドバイは、経済の街なのだ。

ドバイは資源がないからこそ、発展の方向性を早々に経済機能へと切り替えることで、栄えてきた。それが航空であり、物流であり、観光、不動産、小売、ライセンス業である。どれも今回打撃を食らったものばかりである。

何十年とこの地で商売をしている人間に、

「リーマンショック、ドバイショック、コロナショック、どれが最も辛いか?」

と尋ねると、全員から何の迷いもなく「今回だ」と答えが返ってくる。

「金融のショックと、全産業のショック。比べものにならぬ」と。

ドバイショックも大変だったが、あれは金融危機である。そう、あくまで金融危機だったのだ。株価が下がろうと、不動産価格が暴落しようと、世界各国から観光客は訪れたし、人々は日常の消費活動を続けていた。

ところが今回は、ありとあらゆる産業が、そして全世界が影響を受けた。つまり「逃げ場がない」ということである。

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(ブルジュ・ハリファ展望台のチケット売場。客の姿がない。著者撮影)

7月7日、当地は観光客の受け入れを再開した。


しかし客足はそう簡単に戻らない。一歩街に出れば、ドバイの主要産業たる観光業ーホテル、飲食店、観光施設などが苦しんでいることが、ありありと分かる。ドバイの発展を支えてきた政府系企業の代表格・エミレーツ航空は、数千人規模の解雇を行った。さらに政府より20億ドルの資金注入を受け、その存続を保っている状態だ。

道を歩けば、就労も帰国もできない出稼ぎ勢が、金を無心してくる。打つ手なく、各々の大使館・領事館の前に座りこむ者もいる。失業したのはブルーカラーの者たちだけではない。肌感覚で分かるくらい、ドバイの人口は減り、街の風景は大きく様変わりしてしまった。

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(ガラスの衝立で座席間を区切る飲食店。ドバイモール内。筆者撮影)

延期になったとはいえ、来年2021年には(来年こそは)、万博が控えているドバイ。「中東・アフリカ地域で初の万博開催」という大役を担ったこの街に、泣き言を言っている暇はない。

ドバイは天然資源のない「持たざる街」である。その自覚のある者たちが、必死に知恵を出し合い、戦う息遣いを私は感じる。

この街は、これからどう立ち上がっていくのか。それを見届け、綴っていきたいと思う。

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(ドバイモールの高級ブティック街。現在ここを歩くのはUAEローカル(自国民)が多い。筆者撮影)
 

Profile

著者プロフィール
Mona

アラブ首長国連邦ドバイ在住。東京外国語大学卒業後、日系ベンチャー、日系総合商社を経て、湾岸系資本の現地商社に勤務する。その傍ら、ブロガーとしてドバイ現地情報や中東ビジネス小話を発信中。

ブログ「どうもヒールが砂漠に刺さる」

Twitter:@Monataro_DXB

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