コラム

阻止されたロシアによる選挙介入──攻勢に転じた米国サイバー軍

2019年03月19日(火)16時50分

狙われる選挙

バラク・オバマ政権の後半で米国のインテリジェンス機関を束ねる国家情報長官(DNI)を務めたジェームズ・クラッパーは、回顧録『Facts and Fears』の中でロシアによる2016年の大統領選挙介入は、トランプ候補をめぐる嵐のような報道の中でかき消されてしまったものの、選挙中から確信していたことを明らかにしている。ロシアは真実の土台を崩し、米国民が事実を疑うようにけしかけようとしていたという。そして、選挙結果を左右した三つの重要州での8万票弱が選挙結果を左右し、ロシアの大規模な介入がそれ以上の票に影響を与えたと確信していると述べている。

選挙の妨害や干渉は、インターネット以前からたくさんあった。しかし、インターネット、特にソーシャル・メディアやSNSの発達は、外国からの干渉をいっそう簡単にした。他国の国民の頭の中をかき回すように、真実と嘘の境をぼやかし、自分が信じたいと思う「真実」、信じやすい「真実」へと誘導していく。介入があったことが露見してもかまわない。究極的な目的は、選挙の正統性を失わせ、民主主義そのものに疑問を抱かせることだからだ。

今年も各国で選挙が続き、日本でも4月に統一地方選挙、7月に参議院選挙が予定されている。日本の選挙に強い介入が起きる可能性は、今のところそれほど高くない。拮抗する争点がなく、外国勢力にとって介入すべき利害のある選挙ではないからである。しかし、例えば、北方領土が最重要争点となり、異なる立場の政党が政権を争うという事態になれば、日本の国政選挙にも介入が行われるかもしれない。

ロシアが使った選挙介入手法は深く、しかし、かすかなもので、簡単にはわかりにくい。特定の地域や年齢層を指定し、ソーシャル・メディアを通じて広告を出す。広告の内容は一見すると真実に見えるような内容で、信じた一部の人たちが拡散を始めると、広く影響力を持ち始める。

インターネットを切り離すロシア

先のワシントン・ポスト紙の記事では、ロシアの反応も紹介されている。クレムリンのスポークスマンは、一般論としてたくさんのサイバー攻撃がロシアの多様な組織に対して米国から行われているという。それはロシアのインターネットの主権を侵すことになるともいう。

米国サイバー軍の攻撃との関係は分からないが、2018年12月、ロシアのインターネットを外国との接続から切り離すことを可能にする法案がロシア連邦議会へ提出された。そのための実験も行われるようだ。

2016年の米国大統領選挙の時点では、ロシアはインターネットを活用して米国に介入し、その後の欧州各国の選挙にも介入した。しかし、それが2018年の米国中間選挙では米国サイバー軍に阻止され、逆に、ロシアの中に深くサイバー軍が入り込んでいることが分かると、ロシアを世界のネットワークから遮断できるようにするということなのだろう。

5月に実施される欧州議会選挙が一つの試金石になる。すでにロシアが介入の動きを見せていると報じられており、欧州連合(EU)の当局者と民間企業が対応に乗り出しているという。EUの統合サイバー軍がない以上、EU加盟27カ国の各国での取組とともに、米国とカナダを含んだ北大西洋条約機構(NATO)の枠組みでの対応も行われるかもしれない。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

バイデン氏陣営、選挙戦でTikTok使用継続する方

ワールド

スペイン首相が辞任の可能性示唆、妻の汚職疑惑巡り裁

ビジネス

米国株式市場=まちまち、好業績に期待 利回り上昇は

ビジネス

フォード、第2四半期利益が予想上回る ハイブリッド
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 7

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 8

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story