コラム

阻止されたロシアによる選挙介入──攻勢に転じた米国サイバー軍

2019年03月19日(火)16時50分

予防が選挙介入対策の鍵

ロシアにインターネット遮断法案が出たのと同じ2018年12月、日本では新しい防衛計画の大綱と中期防衛力整備計画が閣議決定された。新防衛大綱では、「有事において、我が国への攻撃に際して当該攻撃に用いられる相手方によるサイバー空間の利用を妨げる能力等、サイバー防衛能力の抜本的強化を図る」という言葉が入った。相手方によるサイバー空間の利用を妨げる能力は、それだけを見れば、米国サイバー軍の前方防衛に近いとも考えられる。

しかし、「有事において」という限定が付いているため、日本のサイバー防衛隊がいきなり米国サイバー軍と同じことができるわけではない。おそらく、選挙介入が有事と認定される事態になることはほとんどないだろう。しかし、いざというときに何もできないわけではなく、対応策を準備しておくことができるようになった点は前進だろう。

有事ではない平時においては何ができるのだろうか。

筆者は東京海上日動コンサルティングの川口貴久氏と共著で「現代の選挙介入と日本での備え」を1月に発表した。付録として2016年米国大統領選挙で何が起きたかを掲載するとともに、今後各国の選挙で何が起き得るかを検討し、関係するアクターがとるべき行動を提言した。

とるべき対策には、予防、極小化、事後対応の三つがあり、政府、国会、政党・政治団体、メディアやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のプラットフォーマー、そして有権者・国民のそれぞれがやるべきことがある。特に、予防が大事であり、選挙介入が起きてしまってからでは遅い。

公正な選挙の実現は民主主義の根幹である。ロシアの米国大統領選挙への介入は、人々を殺傷することはなかったが、米国の中心的価値への攻撃という点では、2001年の対米同時多発テロ(9.11)に匹敵する衝撃だった。選挙介入は宣戦布告を伴って行われる戦争とは全く異なる情報戦である。

外国政府が日本の選挙に介入するとなれば、やみくもに行われるのではなく、何らかの具体的・抽象的な狙いを持って行われるだろう。それは特定候補を勝たせるためであったり、日本の政治制度そのものの信頼を損ねるためであったり、日本の経済システムを混乱させるためだったり、交渉を有利に進めるためだったりするかもしれない。その狙いが事前に分かっていれば対処はしやすいが、多くの場合は事前に分からず、密かに介入は行われ、事後にも気づかない場合があるかもしれない。

選挙介入は、多くの場合いつ来るか分からないとしても、天災ではなく人災であり、明白な脅威である。過去の事例を検証し、今後どのような可能性があるかを検討しておくことは、実際に事案が起きたときの初動体制に影響するだろう。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、ウクライナ和平案の感謝祭前の合意に圧力 欧州は

ビジネス

FRB、近い将来の利下げなお可能 政策「やや引き締

ビジネス

ユーロ圏の成長は予想上回る、金利水準は適切=ECB

ワールド

米「ゴールデンドーム」計画、政府閉鎖などで大幅遅延
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体制で世界の海洋秩序を塗り替えられる?
  • 3
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワイトカラー」は大量に人余り...変わる日本の職業選択
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ロシアのウクライナ侵攻、「地球規模の被害」を生ん…
  • 6
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 7
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 10
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story