コラム

スノーデンが暴いた米英の「特別な関係」、さらに深まる

2016年06月15日(水)16時00分

 冷戦が深刻になるにつれ、インテリジェンスが東西両陣営で重要になる。西側では、総合的な国力においては米国が英国を凌駕するようになっても、インテリジェンスの世界のノウハウという点では英国に一日の長があった。予算と人員規模ではかなわなくなったが、英国は米国のインテリジェンス・オフィサーたちを受け入れ、ロンドンでノウハウを仕込んでいく。

 後に米国中央情報局(CIA)の幹部になるジェームズ・アングルトンも英国でインテリジェンスを学んだひとりである。アングルトンときわめて親しい関係にあったのが、英国秘密情報部(MI6)のキム・フィルビーであった。MI6の同僚ニコラス・エリオットらを含め、米英のインテリジェンス・オフィサーたちがきわめて親しい人間関係を築いていたことは、ベン・マッキンタイアー著『キム・フィルビーーかくも親密な裏切りー』などに描かれている。

 しかし、後にフィルビーがソ連のスパイであることが分かると、米英のインテリジェンスにおける特別な関係は大きな打撃を受ける。長らくフィルビーと彼のケンブリッジ大学の仲間たちである「ケンブリッジ・ファイブ(ケンブリッジ大学の5人)」によるスパイ・ネットワークの存在が疑われていたが、米英の両側で彼らを擁護する声があり、摘発に時間がかかった。その結果、多くの人命が失われていた。

 アングルトンやフィルビーらの活動は、人間によるインテリジェンス活動、いわゆるヒューミントの世界だが、もう一つの重要な活動である通信傍受・暗号解読によるインテリジェンス活動、シギントの世界も平行して大きくなっていった。それが米国ではNSA、英国では政府通信本部(GCHQ)によって担われ、冷戦中、両者は密接な協力関係を築いていく。

デジタル時代の米英の協力

 1991年に冷戦が終わり、つかの間の平和な時代の後、2001年9月11日に対米同時多発テロ(9.11)が起きると、世界は大きく変わっていく。19人のテロリストたちがテロ攻撃の計画に当たってインターネットを活用していたことから、9月11日の午後には米国連邦捜査局(FBI)がカーニボーと呼ばれたネット傍受のための改造ウインドウズパソコンを大手ISP(インターネット・サービス事業者)に持ち込み、ネットの監視を始めた。

 テロとの戦いに勝利するために何ができるかとジョージ・W・ブッシュ大統領に問われたマイケル・ヘイデンNSA長官は、令状なしの通信傍受を提案する。これを受けてディック・チェイニー副大統領のデイビッド・アディントン補佐官が秘密の大統領命令書を起草し、ブッシュ大統領の署名を得てNSAに持ち込んだ。

 この大規模な令状なし傍受が肥大化し、やがてバラック・オバマ政権に引き継がれ、スノーデンが耐えられないと感じるような米国民のプライバシー侵害へと続いていく。マイクロソフトやグーグル、フェイスブック、アップルといったIT企業の他、AT&Tやベライゾンといった通信企業も米国政府に協力し、大量のデータを提供していたと、スノーデンが暴露した文書は示していた。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米人員削減、4月は前月比62%減 新規採用は低迷=

ビジネス

GM、通期利益予想引き下げ 関税の影響最大50億ド

ビジネス

米、エアフォースワン暫定機の年内納入希望 L3ハリ

ビジネス

テスラ自動車販売台数、4月も仏・デンマークで大幅減
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story