コラム

スノーデンが暴いた米英の「特別な関係」、さらに深まる

2016年06月15日(水)16時00分

 スノーデンの暴露文書は、第二次世界大戦以来の米英シギント協力がいっそう強化されていることを示し、スノーデンは英国のGCHQのほうがいっそう過激な措置を執っているとも指摘している。米国では、少なくとも建前上は裁判所の令状をとらなくてはいけなくなっている(その専門裁判所が実質的に機能していなかったし、令状を取らないで行われていた部分も多い)。しかし、英国では、行政府の長の判断で傍受が可能であり、司法府である裁判所の令状を必要としない。いわば「ゆるい」状況になっている。

英国政府が米国企業からのデータ入手を容易にする協定を協議

 その英国政府は、近年しばしば、捜査に時間がかかりすぎ、イライラすることが増えている。かつては英国内の事件であれば英国内のIT企業や通信事業者に記録の提出や傍受を求めれば良かった。しかし、最近は容疑者たちが米国企業のサービスを使っており、そうした記録は米国企業が米国や第三国のサーバーで保持していることが多くなっている。その場合、刑事共助条約に基づいて、外交ルートで記録を請求することになり、それには平均10カ月を要することになる。スピードが大切な捜査において10カ月は長すぎる。

 そこで現在、米英両国が協議しているのが、英国の政府機関が米国人以外の人間の記録を求める際に限り、英国政府による令状をそのまま米国でも使えるという協定である。英国政府機関の長が必要と認めた傍受命令や捜査令状を持って英国政府の警察やインテリジェンス機関の職員が米国のIT企業や通信会社を訪れ、直接、記録を手に入れることができるようになる。

 6月6日にワシントンDCの大手シンクタンクである戦略国際問題研究所(CSIS)で開かれたサイバー犯罪シンポジウムでは、この問題が議論の中心になり、研究者やプライバシーの専門家が政府の担当者に詰め寄るシーンが見られた。

 この協定は、実は、米国のIT企業にとっても朗報である。というのも、米国にあるデータを入手する煩雑さや、プライバシー、セキュリティ上の懸念から、各国がデータ・ローカリゼーションを求めるようになっているからである。

 つまり、自国にデータセンターを置かなければサービス提供を認めないとする各国政府の方針が目立ち始めている。それよりは、自国政府だろうと外国政府だろうと、正当な令状を持ってくるなら対応するというわけである。

 この協定はまだ検討の初期段階であり、おそらくは米国議会が承認しなければならない。交渉には数カ月を要する可能性もある。しかし、こうした交渉の開始自体が、国境を越えるデータがセキュリティに大きく影響し始めていることを示している。

 英国政府が米国企業からのデータ入手に苦労しているのであれば、おそらく日本政府も同じだろう。ここでもまた、セキュリティとプライバシーの対立が問われることになる。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

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