コラム

サイバー攻撃のアトリビューションは魅力的な仕事である

2016年04月22日(金)16時45分

昨年9月の米中首脳会談の際、オバマ大統領は、中国によると考えられるサイバー攻撃についてアトリビューションの証拠を山ほど積み上げて習近平国家主席に迫った Kevin Lamarque-REUTERS

 サイバー攻撃とは誰がやっているのかが分からないものだとされてきた。つまり、アトリビューション問題である。アトリビューションとは本来、「所属」や「帰属」といった意味だが、サイバーセキュリティの文脈では誰がサイバー攻撃を行っているのかを特定することという意味である。

 サイバー攻撃者はインターネットの雲の向こうに隠れており、何段にも渡って踏み石と呼ばれる第三者のシステムを経由して攻撃してくるので、誰が本当の攻撃者か分かりにくい。まして国境を越えてしまうと、その先の攻撃者に関する情報をつかむのはきわめて困難になり、相手国の政府が協力してくれる可能性は低かった。したがって、サイバー攻撃が犯罪行為であれ、戦争行為に近いものであれ、首謀者の特定・拘束よりも、とにかく自分のシステムを護ることが重要とされてきた。反撃するにしても、相手が誰だが分からないのだから、防戦一方にならざるを得ないとも考えられてきた。

 サイバー攻撃の手法がどんどん高度になるにつれ、そもそも攻撃されていることにすら気づかないことが多い。あらゆる攻撃を想定してすべてに対応しておくことも困難になってきている。100%やられないというセキュリティはもはや期待できない。

 しかし、それでも、孫子が「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」と書いたように、自分のシステムの脆弱性を知り、誰がそれを狙っているのか、何をどうしようとしているのかを理解することは、サイバーセキュリティ対策を行う上で不可欠になりつつある。

サイバー攻撃を行うのは誰か

 昨年、英国ロンドン大学キングス・カレッジ教授のトマス・リッドと、同大学の博士候補でコンピュータ・フォレンジック分析者でもあるベン・ブキャナンは、「サイバー攻撃を行うのは誰か(Attributing Cyber Attacks)」と題する論文を『戦略研究ジャーナル(Journal of Strategic Studies)』に載せた(この論文の翻訳は日本の戦略研究学会の機関誌『戦略研究』にまもなく掲載される予定である)。彼らは、アトリビューションとは白か黒か、1か0かというはっきりとした問題ではないという。それは、戦術レベル、作戦術レベル、戦略レベルの三つのレベルで行われる一連のプロセスであり、不確実性を最小化することである。

 そして、アトリビューションを解明するプロセスは複雑であり、一人ではできない。さまざまな専門家による分業を要する。犯罪科学をフォレンジックと呼ぶが、それに見合う証拠を戦術レベルでは収集する。さまざまなログを解析し、IPアドレスをたどり、その利用者を特定し、証拠隠滅工作を暴く。しかし、それだけでは必ずしもアトリビューションにはつながらない。他の様々な情報源と照らし合わせる作戦術のレベルが必要になる。政府機関であれば、ヒューマン・インテリジェンス(HUMINT)やオープン・インテリジェンス(OSINT)とつきあわせることになる。各種のソーシャルメディアから漏れてくる情報も重要になるだろう。マルウェアに残された自然言語のかけらから推測することもある。

 そして、政治的なリーダーたちによる戦略レベルでは、様々な地政学的な動向の分析と突き合わせ、下から上がってくる分析を検証する。100%の確証が得られることはまずない。しかし、さまざまな情報をつきあわせ、分析していくことで、ほぼ間違いないという段階に達することができる。

アトリビューションの公開という戦略的判断

 分析の結果をうまく大衆に伝えることもアトリビューションのプロセスの一部だとリッドとブキャナンは指摘する。米国政府や米国のセキュリティ会社はこれまで何度もアトリビューションに言及してきた。有名なところではプロジェクト2049研究所やマンディアントによる中国人民解放軍61398部隊についての報告書、米国政府司法省による中国人民解放軍の5人の将校の訴追、2014年に起きたソニー・ピクチャーズに対するサイバー攻撃の実行者としての北朝鮮の名指しなどが有名な事例だろう。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・メキシコ首脳が電話会談、不法移民や国境管理を協

ワールド

パリのソルボンヌ大学でガザ抗議活動、警察が排除 キ

ビジネス

日銀が利上げなら「かなり深刻」な景気後退=元IMF

ビジネス

独CPI、4月は2.4%上昇に加速 コア・サービス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    ナワリヌイ暗殺は「プーチンの命令ではなかった」米…

  • 10

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story