コラム

サイバー攻撃が、現実空間に大被害をもたらしたと疑われる二つの事例

2015年08月20日(木)15時31分

写真は2009年ロシアのパイプライン爆発 REUTERS/Denis Sinyakov

 本当にサイバー攻撃だったのか、有名だが、専門家を悩ませる事例が二つある。

 冷戦さなかの1980年代はじめ、フランスのインテリジェンス機関である国土監視局(DST)が、「フェアウェル」という暗号名のスパイを抱えていた。彼の正体はソビエト連邦の国家保安委員会(KGB)の大佐だった。フェアウェルがフランスに渡した文書のコレクションは「フェアウェル文書」と呼ばれたが、フランソワ・ミッテラン仏大統領とロナルド・レーガン米大統領の話し合いにより、米国の中央情報局(CIA)に渡された。

 フェアウェル文書はCIAを大混乱に陥れた。それは、ソ連のスパイが米国や西欧の研究機関や工場、政府機関に多数浸透していることを示していたからである。そして、日本を含む西側諸国の最先端技術をソ連が大量に盗み出していることも分かった。

 その中に興味深い文書が入っていた。KGBの「ショッピングリスト」、つまり、KGBが欲しがっている技術・製品のリストである。米国国家安全保障会議(NSC)のスタッフだったガス・ワイスがフェアウェル文書を読むことを許され、ソ連のショッピングを助けてやろうと考えた。しかし、ソ連が手に入れるソフトウェアとハードウェアは、本物そっくりだが、特別な細工を施すことにした。ワイスの計画は1981年の12月にビル・ケーシーCIA長官に伝えられ、翌1982年1月にレーガン大統領に提示された。レーガン大統領は大いに乗り気でケーシー長官に許可を与えた。しかし、これに関する公式文書は残されていない。

 ソ連のショッピングリストのトップにあったのが、天然ガスをシベリアからはるばる西欧へ送り込むシベリア横断パイプラインのための設備だった。パイプラインはソ連にとって外貨獲得の切り札だった。しかし、そのためには、バルブ制御、コンプレッサー、貯蔵設備を自動化するための高度な制御システムが必要だった。そのソフトウェアをソ連は米国から購入しようとしたが、拒絶されていた。そこで、カナダ企業から必要なコードを盗むためにKGBの工作員を送り込んだ。それに気づいていたCIAとカナダ企業が協力し、細工されたソフトウェアがソ連に盗まれるように仕向けた。

 当初は、盗んできたソフトウェアとハードウェアはうまく作動した。しかし、徐々にシステムはおかしな動きをするようになり、最終的には、核によらない爆発としては最大規模の爆発をシベリアで引き起こした。計画を知らなかった米軍とNSCのスタッフはミサイル発射か核兵器の爆発かと誤解したが、そうではなかった。この爆発による人的な被害はなかったが、ソ連経済には大きなダメージとなった。他にも細工されたソフトウェアとハードウェアが、ソ連の産業基盤を崩し、ソ連邦の崩壊の一因となったという見方もある。

 このソ連のシベリア横断パイプラインの事例は、他の文書によっては認められていない。トーマス・C・リードという元NSCのスタッフが、ガス・ワイスの非公開メモを参照しながら自身の回顧録(『At the Abyss』)に書いているだけである。そのため、その信用度には問題があるとされている。中心人物だったワイスは2003年に不審な自殺を遂げている。

2008年、トルコでパイプラインが爆発した

 もう一つの疑わしきサイバー攻撃の事例は2008年にトルコで起きた。

 アゼルバイジャンのバクー、ジョージア(グルジア)のトビリシ、そしてトルコのジェイハンをつなぐ原油パイプラインは、それぞれの都市の頭文字をとってBTC(Baku-Tbilisi-Ceyhan)パイプラインと呼ばれている。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、NATO支持再確認 「必要なときに米を

ワールド

トランプ氏との会談望む、同盟国から安全保証の明確な

ビジネス

米12月ISM非製造業指数、54.4に上昇 雇用が

ワールド

ベネズエラ原油、米に無期限供給へ 制裁も緩和か=報
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AI兵士の新しい戦争
特集:AI兵士の新しい戦争
2026年1月13日号(1/ 6発売)

ヒューマノイド・ロボット「ファントムMK1」がアメリカの戦場と戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 3
    「グリーンランドにはロシアと中国の船がうじゃうじゃいる」──トランプの介入口実にデンマーク反発
  • 4
    日本も他人事じゃない? デジタル先進国デンマークが…
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    マドゥロ拘束作戦で暗躍した偵察機「RQ-170」...米空…
  • 7
    トランプがベネズエラで大幅に書き換えた「モンロー…
  • 8
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び…
  • 9
    衛星画像で見る「消し炭」の軍事施設...ベネズエラで…
  • 10
    若者の17%が就職できない?...中国の最新統計が示し…
  • 1
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチン、その先は袋小路か
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 3
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙」は抑止かそれとも無能?
  • 4
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 5
    眠る筋力を覚醒させる技術「ブレーシング」とは?...…
  • 6
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 9
    アメリカ、中国に台湾圧力停止を求める
  • 10
    感じのいい人が「寒いですね」にチョイ足ししている…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 7
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story