コラム

原発処理水をめぐる日本政府の「意図的な誤訳」...G7首脳陣は「放出」が「不可欠」とは言っていない

2023年08月24日(木)12時30分
西村カリン(ジャーナリスト)
原発処理水のイメージ

KIM KYUNG HOONーREUTERS

<「なぜ誤訳を修正しないのか」──何度も尋ねたが、いつも回答は同じ>

福島第一原子力発電所の事故からそろそろ12年半がたつが、いまだにたびたび一面のニュースになる。最近は、汚染水を多核種除去システム(ALPS)で処理した「処理水の海への放出」についての記事が多い(写真は処理水関連施設と作業員)。私は10回ほど同原発で取材したが毎回、ALPS処理水の課題を取り上げた。

最近の訪問は7月21日で、処理水の放出設備を視察しながら詳しい説明を受けた。大変興味深く、そのときの情報や海外の専門家の見解を聞くと危険性のある仕組みとは思わない。それでも実際にどう運営されるか分からないので、記者として「安全だ」あるいは「安全でない」とは断言できない。ただ、安心できない国民や漁業組合の意見は無視できないだろう。漁業組合に30~40年にわたってお金を配れば「理解を得られる」と政府が思ったら、大間違いだ。

海への放出が科学的に安全で、環境や人間に悪影響がないなら、どう説明すればみんなの納得につながるのか。残念ながら、政府が国民にいくら説明しても通じないと私は思う。東京電力もそうだ。過去に発表した間違った情報などのせいで、政府と東電の信憑性が問われているからだ。

国際原子力機関(IAEA)の手を借りて説明することは必要だが、それでは全く足りない。幅広い分野からの、信頼性の高い第三者のチェックが欠かせない。しかも、政府が完全に間違っている点がある。G7の国々を利用して、日本国民の納得を得ようとする試みだ。

G7広島サミットの首脳コミュニケ(声明)の英語原文には、処理水についてこうある。「われわれは、多核種除去システム(ALPS)処理水の放出がIAEAの安全基準と国際法に合致して実施され、人体や環境に害を及ぼさないことを確実にするために、IAEAによる独立した審査を支持する。それは福島第一原発の廃炉と福島県の復興にとって不可欠だ」

日本政府はこれを日本語の仮訳でこう書いた。「我々は、同発電所の廃炉及び福島の復興に不可欠である多核種除去システム(ALPS)処理水の放出が、IAEA安全基準及び国際法に整合的に実施され、人体や環境にいかなる害も及ぼさないことを確保するためのIAEAによる独立したレビューを支持する」

原文では、G7の国々の首脳は「処理水の放出」が「不可欠」と言っていないし、賛同していない。特にドイツは、むしろ反対の立場だ。私が取材した4月のG7気候・エネルギー・環境大臣会合の記者会見で、ドイツのシュテフィ・レムケ環境相は「放出を歓迎することはできない」とはっきり言った。つまり「同発電所の廃炉及び福島の復興に不可欠である多核種除去システム(ALPS)処理水の放出」という言い方には絶対に賛同していない。

プロフィール

外国人リレーコラム

・石野シャハラン(異文化コミュニケーションアドバイザー)
・西村カリン(ジャーナリスト)
・周 来友(ジャーナリスト・タレント)
・李 娜兀(国際交流コーディネーター・通訳)
・トニー・ラズロ(ジャーナリスト)
・ティムラズ・レジャバ(駐日ジョージア大使)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:中国の再利用型無人宇宙船、軍事転用に警戒

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story