最新記事

BOOKS

「しつけか虐待か?」が不毛な議論である理由

2020年4月3日(金)17時00分
印南敦史(作家、書評家)

Newsweek Japan

<死に至る前に子ども虐待を止めるには、視点の転換が必要――。90年代から著作と漫画を通じて児童虐待の実態を伝えてきたジャーナリストが今、過度な生々しさを排した本を出版した>

『凍りついた瞳 2020――虐待死をゼロにするための6つの考察と3つの物語』(椎名篤子・著、集英社)の著者は、フリー・ジャーナリスト。1980年代後半に子どもの虐待に関心を抱くようになり、以後は関連する医学論文をあたったり、取材を重ねるようになったのだという。

そんななか、子どもが虐待で亡くなっても病死や事故死とされるケースがあることを知る。そして以後、他の領域の人たちからも同じような話を聞いたことがきっかけとなり、「虐待死でありながら虐待死とされずに亡くなっている子ども」がいるという問題に向き合うようになった。

そうした経緯を経て、子どもの虐待を医療側からレポートした『親になるほど難しいことはない』を刊行したのが1993年のこと。同作は翌1994年に『凍りついた瞳』としてレディースコミック誌「YOU」で漫画化され、以後も同誌に『続 凍りついた瞳』『新 凍りついた瞳』が続けて連載されることとなった。

まだ現在ほど「子ども虐待」が社会問題化していなかった時期だったこともあり、漫画を通じて虐待の実態を伝えたそれらは大きな話題を呼んだ。そのため、覚えている人も少なくないかもしれない。

なお同シリーズは、著者曰く、2000年の児童虐待防止法(児童虐待の防止等に関する法律)立法と児童福祉法の一部改正、その後の全国的な子ども虐待防止の取り組みが広がったことを機に役割を終えたのだという。

なのに、今なぜ再び本書が出版されることになったのか? 言うまでもなく、さらに児童虐待が増加したからである。しかも近年は、東京都目黒区と千葉県野田市の事件がそうであるように、虐待死が増えている。

2016年に日本小児科学会は、日本において虐待で亡くなった子どもの数は、厚生労働省統計の3倍から4、5倍程度に上ると発表していたそうだ(基準とする統計年度によって倍率は異なる)。

そんななかで改めて、「なぜ子どもの虐待死が見過ごされてしまうのか」の理由を探るべく2016年4月から取材を開始し、本書を出版することになったというのだ。


 本書は「子どもの虐待死」をテーマに据えています。日本で1年にどれくらいの子どもが虐待によって亡くなっているのかを厚生労働省の「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について」で見ると、第1次報告から第15次報告までの死亡人数は計779人に上っています(心中以外の虐待死)。これらは虐待死と確定したケースを加算した数字で、統計が年度単位で報告されるようになった第6次報告からは、1年間に67、49、51、58、51、36、44、52、49、52人となっており、減る気配はありません。(「はじめに」より)

内容的には、子ども虐待の実態を生々しくトレースしたようなものではない。専門家による最新の考察・情報と、取材に基づいて書かれた「物語」で構成されているため、専門的な側面もあり、どちらかといえば地味な内容である。

だが、そもそも子ども虐待問題は、過度にトピックスを浮き立たせたドラマのたぐいとは異なる。逆に言えば、本書では各専門家がそれぞれの知見に基づいて"現実"をさまざまな角度から検証しているからこそ、深刻さがより際立っていると言えるかもしれない。

【参考記事】目黒女児虐待死事件で逮捕された母親が手記に書いていたこと

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

上海市政府、データ海外移転で迅速化対象リスト作成 

ワールド

ウクライナがクリミア基地攻撃、ロ戦闘機3機を破壊=

ワールド

北朝鮮が短距離弾道ミサイル発射、日本のEEZ内への

ワールド

中国、総合的な不動産対策発表 地方政府が住宅購入
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中