最新記事

BOOKS

目黒女児虐待死事件で逮捕された母親が手記に書いていたこと

2020年2月25日(火)21時40分
印南敦史(作家、書評家)

Newsweek Japan

<あんな事件を起こしておきながら本を出すなんて――。そんな私の気持ちは、読んでみて変わった。当初は弁護士以外との面会も拒否していた彼女が、内心を吐露した手記を出版した理由>

目黒区児童虐待死事件で逮捕された母親の船戸優里被告が、手記を出版するらしい――。最初にそう聞いたとき、少なからず憤りを感じたことは否定できない。

2018年3月に度重なる虐待の末、結愛(ゆあ)ちゃんが亡くなった痛ましい事件だ。優里被告とその再婚相手である船戸雄大被告が逮捕され、まだ5歳の結愛ちゃんが書き遺していた「もうパパとママにいわれなくても しっかりとじぶんから きょうよりかもっともっと あしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください」といった言葉と共に大きく報じられた。

あれだけのことをしておきながら本を出すなど、考えられないと感じたからである。だがその『結愛へ――目黒区虐待死事件 母の獄中手記』(小学館)を読んだ結果、気持ちは少なからず変わった。

優里被告は当初、弁護人以外との面会や手紙の外部交通を自ら拒否し、運動時間にすら居房から出なかった。しかし2019年9月17日に東京地裁の判決(懲役8年を言い渡され控訴)を受けて以降は、多くの人の励ましや取材の申し入れに応じるようになり、少しずつ自らについて語るようになっていったという。

そのころ優里被告は、ノートに自分の気持ちを書き出していた。担当弁護士が読んでみると、そこには彼女の内心の吐露があった。


 それが、本書のプロローグと第4章以下の文章です。私は、裁判という限られた時間と場所でしか表現できなかった彼女の混乱と苦悩を、ぜひ多くの人に知ってもらいたいと思いました。また、優里さんもこの手記がどう読まれるのか当初怖がりましたが、それでも同じような思いをしている方に伝えることが出来たらと、公開を決意し、出版社の理解も得て、本書が刊行されることになりました。(大谷恭子弁護士による「出版にあたって」より)

つまり本書は、そんな経緯を経て生まれたわけだ。なお、それ以前、つまり事件に至るまでを振り返った第1章から3章は、本書のために加筆されたものである。

ところで、ことあるごとに自身をバカだと決めつけていたことからも分かるように、優里被告については極度の自己肯定感の低さが指摘されていた。例えば、そのことを裏づけるのが以下の文章だ。


 結愛には私みたいにデブでブスで、人に利用されて捨てられるつまらない人間になってほしくなかった。彼の言う通り、私みたいに友達が少なくてまわりからバカだと思われ、振り返れば楽しい記憶なんて一つもないような寂しい人生、結愛には絶対に歩ませたくなかった。(13ページより)

しかし本心を素直に表現した本書を読む限り、彼女は決してバカでもつまらない人間でもない。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

EU、Xに1.4億ドル制裁金 デジタル法違反

ビジネス

ユーロ圏第3四半期GDP、前期比+0.3%に上方修

ワールド

米、欧州主導のNATO防衛に2027年の期限設定=

ビジネス

中国の航空大手、日本便キャンセル無料を来年3月まで
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 3
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 6
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 7
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 8
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 9
    「ロシアは欧州との戦いに備えている」――プーチン発…
  • 10
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中