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格差抗議デモ

独裁体制の置き土産が中南米で新たなデモを呼ぶ

Pinochet Still Looms Large in Chilean Politics

2019年11月13日(水)17時30分
マイケル・アルバートゥス(シカゴ大学政治学部准教授)、マーク・デミング(シカゴ大学博士課程)

首都サンティアゴでは数万人規模の抗議デモが行われた(11月4日) IVAN ALVARADO-REUTERS

<「優等生国家」のチリでデモが暴動に発展。独裁時代のエリートが影響力を振るい格差に怒る市民が抗議する構図は中南米各国に共通する>

政治でも経済でも中南米の優等生とされるチリのイメージが、ここ数週間で崩壊している。地下鉄の運賃値上げの発表をきっかけに10月中旬から始まった市民の抗議デモは暴動に発展し、1990年の民政移管以降で最悪の混乱が続いている。

セバスティアン・ピニェラ大統領は、暴徒との「戦争だ」と明言して非常事態宣言を発令。容赦のない取り締まりは、アウグスト・ピノチェト元大統領の独裁政権時代の記憶を呼び起こす。

今、チリで何が起きているのだろうか。チリは中南米で最も繁栄している国であり、政治的にも最も安定している国の1つだ。

しかし、その評判が、はるかに深くて暗い問題にふたをし続けてきた。チリの独裁政権時代の痕跡は、決して消えていないのだ。独裁的なエリート層と、独裁政権の考え方そのままで民主政治をする人々が影響力を振るい続ける。民衆を抗議デモに駆り立てているのは、そんな現実だ。

チリだけではない。中南米の大半の国は、1980年代から90年代にかけて民主主義に移行した。ただし、退陣した独裁者やその側近が、政治から完全に手を引いたわけではない。独裁政権時代の多くのエリート層が行政、立法、司法の分野で、さらには軍や地方自治体で、今も要職に就いている。

チリは1990年に民政移管を果たしたが、2010年代前半まで、ピノチェト時代のエリート層が軍や国民議会、地方自治体の主要なポストを占めていた。ピノチェト自身も1998年まで陸軍総司令官の座にあり、2002年まで終身上院議員を務めた。

与党系保守政党の独立民主連合(UDI)は民政移管を前に結成され、軍高官や閣僚、経済界の有力者、さらには独裁政権と関係の近い地方の政治家が集まった。UDIの多くの創設メンバーは民政移管時に20代後半から30代前半で、現在も右派の主要勢力となっている。

ピニェラ大統領が暴動への対応を理由に10月末に更迭した内相は、UDIの中心的な創設メンバーの1人だ。現在の法相もUDIの初期の幹部だった。

改革を阻む既成権益層

独裁政権時代のエリートが新しい民主政権の至る所で重要なポストを占めると、その影響力を利用して、市民ではなく自分たちの利益を守るような政治的決断を推し進めようとする。

ピノチェト政権は1980年に制定した独裁的な憲法で、自分たちの政治および経済体制を明文化した。民政移管の際にその憲法が受け継がれたことにより、旧政権の盟友に恩恵をもたらす慣習や仕組みが変わることもなく、社会的な安定を支えてきた。

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