最新記事

格差抗議デモ

独裁体制の置き土産が中南米で新たなデモを呼ぶ

Pinochet Still Looms Large in Chilean Politics

2019年11月13日(水)17時30分
マイケル・アルバートゥス(シカゴ大学政治学部准教授)、マーク・デミング(シカゴ大学博士課程)

実際、ピノチェト時代のエリート層は1990年代前半に、労働改革と税制改革を首尾よく骨抜きにした。富裕層に害を及ぼし、独裁政権時代からの自分たちの権益を脅かしそうな改革だと考えたからだ。チリは現在、中南米の中でも、OECD(経済協力開発機構)加盟国の中でも、最も不平等な国の1つだ。

言うまでもなく、深刻な不平等は今回の抗議デモの主要な標的になっている。地下鉄の運賃値上げに対する小さな抗議が、政治の根本的な変化を求める大きなうねりに発展し、エリート層全体が市民の日常生活を理解していないと見なされている。

同じようなプロセスは中南米各地で繰り広げられている。ペルーでは憲法裁判所判事の指名をめぐって大統領と野党の対立が続き、10月に大規模な抗議デモが起きた。

対立の発端は、独裁的な政権運営をしていたアルベルト・フジモリ大統領(当時)が2000年に汚職疑惑で失脚したことにさかのぼる。

その直後は、フジモリ時代のエリート層は政権から事実上、締め出されていた。しかし2007年には、フジモリ派の国会議員や閣僚が議会や地方自治体の要職に就くようになった。さらに、長女のケイコ・フジモリの下にフジモリ派のさまざまな勢力が集まって新しい政党を結成。2016年の総選挙では野党ながら第1党に躍り出た。

ケイコが率いる人民勢力党は昨年3月に大統領を辞任に追い込み、汚職捜査を妨害し、司法改革の機運を無視して自分たちに都合のいい判事を押し込もうとしている。ペルーの国民がうんざりして、人民勢力党やエリートたちの影響力を弱めるべきだと主張するようになったのも不思議ではない。

民意と懸け離れた政治

チリやペルーと同じように、メキシコ、エルサルバドル、グアテマラ、ニカラグア、ブラジルでも、民主化後に独裁政権時代のエリートが過去の悪事で罰せられることはなく、権力の座から排除されることもなかった。

例えば、ブラジルのジャイル・ボルソナロ大統領はかつて軍事政権を称賛していた元陸軍大尉で、政権運営に当たって軍時代の仲間を重用している。

もちろん、独裁政権時代のエリート層の影響力が続いているというだけで、反政府運動が広まるわけではない。しかし、経済成長が停滞すれば、彼らの影響力が改めて注目を浴びやすい。司法制度や政党、既成当局が腐敗を放置して増殖させてきた国では、特にその傾向があるだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米テスラCEOの560億ドル報酬案に反対を、助言会

ワールド

ニューカレドニアの非常事態宣言、28日解除へ 仏大

ワールド

南ア大統領、総選挙控え雇用対策など強調 与党の求心

ワールド

フーシ派が100人超の「囚人」解放、誘拐された民間
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 2

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 3

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃がのろけた「結婚の決め手」とは

  • 4

    カミラ王妃が「メーガン妃の結婚」について語ったこ…

  • 5

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 6

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」.…

  • 7

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 8

    エリザベス女王が「誰にも言えなかった」...メーガン…

  • 9

    胸も脚も、こんなに出して大丈夫? サウジアラビアの…

  • 10

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 3

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 4

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 5

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」.…

  • 6

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃…

  • 7

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 8

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 9

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレ…

  • 10

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像を…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中