最新記事

事件

捜査官に硫酸かけた犯人を捜せ インドネシア大統領、関与が疑われる警察に再捜査指示

2019年7月23日(火)18時25分
大塚智彦(PanAsiaNews)

ジョコ・ウィドド大統領の怒り

今回、特別捜査班による集中捜査でも犯人逮捕、真相解明に至らなかったことに対し、ジョコ・ウィドド大統領は珍しく怒りと苛立ちを示し、ティト国警長官が「あと半年の猶予を欲しい」とさらなる捜査継続を大統領に求めたのに対し「3カ月以内の捜査報告」を厳命したという。

こうした大統領の意向の背景には4月の大統領選で再選続投を決め、10月から新内閣でジョコ・ウィドド政権2期目をスタートさせるにあたり、司法や警察捜査の厳正、中立公正さを国民に訴える必要があることや、大統領直轄のKPKの捜査官が襲撃されるという前代未聞の事件を解決しない限り、今後の汚職捜査、摘発に影響が残るとの政治的判断があったとみられている。

大統領が7月20日に期限を切った「3カ月」はまさに新政権スタートの10月を視野に入れたものであることからも、異例の「捜査指揮」で迷宮入りを断じて許さないとの並々ならぬ決意を示したと言えるだろう。

厳しい判断迫られる国家警察

特別捜査班まで結成して徹底した捜査の末に出した結論に大統領が不満を示し、3カ月以内の再捜査結果報告を求められた国家警察は厳しい局面に直面せざるを得なくなっている。

事件当初から警察関係者の事件への関与が示唆される中、ここまで捜査を長引かせたうえ、いまさら警察関係者の関与を明らかにすることは警察トップの責任問題に発展することは間違いなく、事件の落としどころ、幕引きを巡り警察内部の混乱はさらに深まりそうだ。

KPK捜査官として現場に復帰しているバスウェダン捜査官は警察の「過剰な権力行使による捜査手法が事件の遠因となった」との捜査報告に対し「全くナンセンス」と反論し、警察による真相解明の限界を指摘している。

e-KTP汚職事件を巡っては事件の真相を知るとされた米国在住のインドネシア人がKPK関係者との接触直後に不審な死を遂げる事件も起きている。地元警察は自殺として処理したものの、直前に身の危険を周囲に漏らしていたことから事件の真相暴露を恐れた人物らによる殺害との情報も当時は流れた。

このように一連の事件には謎も多く、大きな組織や力が背後で蠢いていたとみられていることから、今後の国家警察の再捜査の行方と捜査報告に対するジョコ・ウィドド大統領の対応をインドネシア国民は注視している。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など


20190730issue_cover200.jpg ※7月30日号(7月23日発売)は、「ファクトチェック文在寅」特集。日本が大嫌い? 学生運動上がりの頭でっかち? 日本に強硬な韓国世論が頼り? 日本と対峙して韓国経済を窮地に追い込むリベラル派大統領の知られざる経歴と思考回路に迫ります。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏裁判、ジョージア州選挙介入事件も遅れ

ワールド

フィリピンGDP、第1四半期は前年比+5.7%に加

ビジネス

バランスシート圧縮減速、市場のストレスを軽減=米N

ビジネス

世界最大級のCO2回収・貯留施設稼働、アイスランド
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必要な「プライベートジェット三昧」に非難の嵐

  • 3

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 4

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 5

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食…

  • 6

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 7

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 8

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 9

    ロシア軍兵舎の不条理大量殺人、士気低下の果ての狂気

  • 10

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 9

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 10

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中