最新記事

中国

「人民よ、いもを食べろ!」中国じゃがいも主食化計画のワケ

2016年3月4日(金)13時42分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

 だったら水が豊富な南部から運んでこようと、巨大土木プロジェクト「南水北調」計画が実施された。長江の水を北部まで運ぶ用水路を作る壮大な計画だが、5000億元(約8兆7000億円)という巨額の建設費を考えるとペットボトルの水よりも高くつくとの試算まである。それでも作ったのならば使うしかないが、際限なく使い続ければ、南部の水資源まで危うくしてしまう。

 そこで栽培にあまり水を必要としないじゃがいもを栽培すれば、「農業用水逼迫の圧力を軽減し、農業生態環境を改善し、永続的な水資源利用を実現しうる」(指導意見)というわけだ。まるで戦時を思わせる「じゃがいも主食化」計画だが、水不足の深刻さはまさに戦争並みと言えるかもしれない。

中国共産党は人民の胃袋を支配できるか

 水不足対策という中国政府の思いはよく分かるのだが、問題は国民がじゃがいもを主食としてくれるかどうかにかかっている。千切り炒めをはじめ中華料理にはさまざまなじゃがいも料理があるが、あくまで「野菜の一種」というのが大多数の中国人の感覚だ。主食としていもをもりもり食べろと言われると抵抗感は強い。

 SNSをのぞくと「じゃがいもは好きだけど毎日はちょっと」「米食わないと食事した気にならないんよ」「やっぱり米が好き」「2020年にはじゃがいも生産過剰のニュースで持ちきりになってるだろうな」といった否定的な反応が目立つ。

 そこで、じゃがいもの生産量を増やすだけではなく、消費量を増やす取り組みも始まっている。中国農業部は2015年にじゃがいも入りマントウ(蒸しパン)の開発成功を発表した。じゃがいも30%、小麦粉70%という配合なのだとか。一般販売を開始したというが、まったく普及してはいないようだ。

 そこで今年6月に雲南省昆明市で開催される中国国際イモ業博覧会では「じゃがいも美食百選」なるコンテストが開催される。じゃがいもを主成分とした麺や餃子、パンなどの主食、さらに飲料やデザートなどのレシピを募集するというもの。果たして中国人の胃袋を満足させるメニューは登場するのだろうか。

 絶大な権力を誇る中国共産党だが、果たして人民の胃袋をもコントロールする力を持っているのだろうか。わずか4年後にはその成否が明らかになる。もしじゃがいも主食化計画が成功したならば......。2020年には私たちが想像するものとはまったく別の中華料理が誕生しているかもしれない。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

鉱物資源協定、ウクライナは米支援に国富削るとメドベ

ワールド

米、中国に関税交渉を打診 国営メディア報道

ワールド

英4月製造業PMI改定値は45.4、米関税懸念で輸

ビジネス

日銀、政策金利を現状維持:識者はこうみる
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中