最新記事

アメリカ経済

ウォール街が狙うデリバティブ復権

オバマ政権の甘い規制改革案のせいで経済危機の「戦犯」デリバティブがよみがえり、大き過ぎてつぶせない巨大銀行が再びのさばり始める

2009年5月20日(水)14時55分
マイケル・ハーシュ(ワシントン支局)

 米民主党と無所属の上院議員6人が3週間ほど前、バラク・オバマ大統領とローレンス・サマーズ国家経済会議(NEC)委員長、ティモシー・ガイトナー財務長官をホワイトハウスに訪ねた。6人のうち5人は中道派で、バーモント州選出のバーニー・サンダース上院議員(無所属)だけが左派に属する。オバマ政権を支持しているが心配もしている、と彼らはオバマに言った。

 金融安定化策は金融機関に甘く、規制改革案は生ぬるい。規制当局のトップ人事を見ても、業界を根本的に造り替えようとしているようには見えない。オバマが指名したのは、そもそもこの危機をもたらした既存の金融制度の下での成功者たち。彼らは制度を多少いじりはしても、最終的にはウォール街の金融界とその慣行をほぼそのまま温存するだろうと、上院議員たちは意見した。

 これまでその詳細がほとんど報じられていなかった3月23日のこの会合は、将来を賭けたより大きな戦いのなかで表面化した小競り合いの1つにすぎない。そしてその戦いは、ウォール街に有利に運びつつある。

 金融市場が徐々に落ち着きを取り戻したこの数週間、大手金融機関は抜本的な改革を阻止しようと防御を固めてきた。ウォール街は、大恐慌以来最悪の信用崩壊の原因の1つとなった複雑怪奇な取引を世界的に再興しようとしている。だがオバマ政権も金融当局も、それを黙認するつもりらしい。

 金融危機後の業界勢力図は結局、金融危機前と同じ姿に戻ってしまうのか。そこは、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)などのデリバティブ(金融派生商品)と、その取引主体である「大き過ぎてつぶせない」金融機関が支配する世界だ。

 事の成り行きを見る限り、どうもそういう結末になりそうだ。巨大金融機関は近くまた公的資金の注入を受ける可能性があるし、米政府での発言権も増している。

 それもこれも、オバマ政権内の支援者のおかげだ。銀行の不良資産を競りにかけて高く買い取る「官民投資プログラム(PPIP)」の創設を通じて、オバマ政権はまた大銀行に巨額の補助金を与えようとしている。しかもこの金は議会さえ通さず裏口から、主として連邦預金保険公社(FDIC)の融資を通じて払われる。

ガイトナー改革案の限界

 PPIPが具体的にどういう仕組みになるのかはまだ誰にも分からないが、納税者の負担でウォール街の名門金融機関をさらに潤わせることになる可能性が高そうだ。一方、金融大手を対象に行われている厳格な資産査定「ストレステスト」が4月末までに終了すれば、不健全な金融機関にまた巨額の資本注入が行われるのはほぼ確実である。

 金融業界は、何事も成り行き任せにせず力でもぎ取ろうとする。こわもてのウォール街がよみがえった兆候の一つは、シティグループやJPモルガン・チェース、ゴールドマン・サックスなど、いずれも政府に救済された金融大手が集まって、ロビー団体「企業金融改革連合」を設立したことだ。

 その目標は、公開の取引所ではなく金融機関の店頭で取引されるデリバティブに対する大掛かりな規制に反対すること。顧客である企業は、独自の商品設計が可能な店頭デリバティブを好む。リスクヘッジの対象や期間など自社特有のニーズに合わせ、無駄が少なくより安い契約ができるからだ。

 この人気商品を守るため、ウォール街は危機の原因となったその透明性の欠如を擁護し、システミックリスク(個別金融機関の支払い不能や特定市場の機能不全が金融システム全体に及ぶリスク)の存在も黙認するつもりらしい。

 ガイトナーが先頃発表した金融規制改革案で、こうした懸念のいくつかは解決する。ガイトナー案は、標準的な店頭デリバティブの中央清算機関での清算を求める。従来は野放しだった標準的でない独自仕様の店頭デリバティブは、情報管理当局への報告を義務付ける。「金融システムにとって重要」な金融機関にはより厳しい自己資本規制を課す。

 だが、これではウォール街は変わりそうにない。ガイトナー案では店頭デリバティブが再び隆盛を極めるのを止められない。そしてその取引を仕切るのは依然、「大き過ぎてつぶせない(つまり、またいつか救済しなければならないかもしれない)」巨大金融機関だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国新規銀行融資、4月は予想を大幅に下回る M2伸

ワールド

仏総選挙、極右勝利なら金融危機も 財務相が警告

ビジネス

三菱UFJ銀と系列2証券に処分勧告、違法に情報共有

ビジネス

ECB、指標が予想通りなら利下げ継続可能=ラトビア
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:姿なき侵略者 中国
特集:姿なき侵略者 中国
2024年6月18日号(6/11発売)

アメリカの「裏庭」カリブ海のリゾート地やニューヨークで影響力工作を拡大する中国の深謀遠慮

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 2

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名が海水浴中に手足を失う重症【衝撃現場の動画付き】

  • 3

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 4

    カカオに新たな可能性、血糖値の上昇を抑える「チョ…

  • 5

    毎日1分間「体幹をしぼるだけ」で、脂肪を燃やして「…

  • 6

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 7

    国立新美術館『CLAMP展』 入場チケット5組10名様プレ…

  • 8

    ジブリの魔法はロンドンでも健在、舞台版『千と千尋…

  • 9

    「これが野生だ...」ワニがサメを捕食...カメラがと…

  • 10

    長距離ドローンがロシア奥深くに「退避」していたSU-…

  • 1

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 2

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 3

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思っていた...」55歳退官で年収750万円が200万円に激減の現実

  • 4

    認知症の予防や脳の老化防止に効果的な食材は何か...…

  • 5

    毎日1分間「体幹をしぼるだけ」で、脂肪を燃やして「…

  • 6

    堅い「甲羅」がご自慢のロシア亀戦車...兵士の「うっ…

  • 7

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名…

  • 8

    カラスは「数を声に出して数えられる」ことが明らか…

  • 9

    「クマvsワニ」を川で激撮...衝撃の対決シーンも一瞬…

  • 10

    カカオに新たな可能性、血糖値の上昇を抑える「チョ…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 4

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 5

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開する…

  • 6

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 7

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 9

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…

  • 10

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中