最新記事

ベルギー化するニッポン

世界が見た日本政治

政権交代をかけた総選挙が迫っている 混迷するニッポン政治の出口は

2009.07.21

ニューストピックス

ベルギー化するニッポン

政治への関心を失う有権者、いてもいなくても同じ政治家たち、「政治の不在」は民主主義成熟の証しか

2009年7月21日(火)19時06分
ピーター・タスカ(投資顧問会社アーカス・インベストメント共同設立者)

ドタバタ劇 記者会見で辞任撤回を発表する民主党の小沢代表(07年11月21日) Michael Caronna-Reuters

 「小沢ショック」の話をする前に、ある遠くの小さな国の最近の状況を見てみよう。ヨーロッパでは今、ベルギーの政治が西欧民主主義国の歴史でも有数のラジカルな展開を見せている。その経験は、日本の未来を予測するヒントになるかもしれない。

 6月の総選挙からすでに5カ月。どの政党も過半数に届かなかった選挙結果を受けたベルギーの主要政党の連立交渉は、いまだにまとまっていない。新しい政府は樹立されず、新しい法律も一つも成立していない。首相の記者会見もなければ、あいまいな公約を盛り込んだ高尚な演説もなく、外国への公式訪問もない。新しい政策がメディアで物議をかもすこともない。

 国の一大事? 政治家にとっては、確かにそうかもしれない。しかし、国民の生活に変化はない。税金は徴収され続けているし、ゴミの回収もストップしていない。ワッフルとビールは相変わらずうまい。

 選挙で敗れた旧連立与党が暫定内閣を組織しているが、権限は緊急事態への対応だけ。つまりこの国には、現状維持のみを任務とする最低限の政府しか存在していない。

 「政治的混乱」とひとことで言っても、ベルギーや日本のような国とパキスタンのような国とではまるで意味が違う。パキスタンの政情不安は社会不安の反映であり、生きるか死ぬかの問題だ。

 一方、ベルギーや日本では、政治家が物事を動かす力は弱まるばかり。日本のこの3カ月間の展開----安倍晋三前首相の突然の辞任、福田康夫首相と民主党の小沢一郎代表の会談、小沢の辞任表明と撤回----は政治の地殻変動などではなく、政治の断末魔の叫び声だ。未来の人々は小泉時代を振り返って、政治がずるずると衰退するなかで一時的に勢いを盛り返した時期だったと考えるだろう。

 アメリカの政治学者マンカー・オルソンの言葉を借りれば、先進国の一般有権者のほとんどは、政治に対して「合理主義的無関心」の状態にある。個人の暮らしが政府の政策の影響を受ける可能性は小さいので、いろいろな政党の政策を比較検討する労力は割に合わない。

 主要政党の政策の違いが小さいほど、国民が政治に関心をもつ理由も小さくなる。冷戦後の政治対立が中道勢力間の対立にほぼ終始してきたことも、政治への無関心の蔓延に拍車をかけた。その証拠に、成熟した民主主義国では政党加入率と選挙の投票率が急激に落ち込んでいる。

 現在の日本では、この傾向がとりわけ強い。日本のエリート層の間で、ほぼすべての主要テーマについて政治的なコンセンサスが出来上がっているからだ。

連立構想はただの「オムライス」

 日本の政界に、所得減税と最低賃金の引き上げによる消費刺激策を支持する大政党はない。貯蓄率の高さを考えると財政赤字を問題視するのはおかしいと指摘したり、日銀法を改正してインフレターゲットを導入することをめざす主要政党もない。

 日本の主流派の政治家のなかに、移民の受け入れを増やしたり、外国企業による日本企業の買収を容易にしたりすることを望む声はない。日米同盟に代わる現実的な選択肢を示しているリーダーもいないし、中国の軍事力増強に対抗して防衛予算を増額すべしと唱える有力政治家もいない。

 要するに、日本の政治家の暗黙のテーマは、日本の凋落のプロセスを逆転させることではなく、その過程を少しでもソフトでスムーズに、そして「お行儀のいい」ものにすることなのだ。

 自民党と民主党の違いより、党内の違いのほうが大きい現状からうかがえるのは、この両党が政治理念を軸に結集した本当の意味の「政党」ではなく、選挙の都合で結びついた連合体だということだ。そう考えると、福田=小沢会談にも納得がいく。

 ろくに違いのない二つの選択肢を有権者に示すくらいなら、いっそのことその二つを一緒にしたほうがいいのではないか。メニューにオムレツとライスの2種類しかないのなら、オムライスだけメニューに載せたほうがいいかもしれない。

 国民の関心を政治に引きつける方法がないわけではない。一つは、政治のエンターテインメント化だ。「小泉劇場」はその典型だった。それには政治家に強いカリスマ性が必要だが、現在の日本政界にそういう人材はあまり見あたらない。

日本はベルギーよりも深刻だ

 もう一つは、価値観やアイデンティティーにかかわる問題に訴えて、国民の感情を揺さぶるというやり方。アメリカの人工妊娠中絶、ドイツの原子力がこうした論点に該当する。安倍前首相の「美しい国」はこの路線をねらったものだったが、国民の冷めた反応を見るかぎり、事前のマーケティングリサーチが不十分だったようだ。

 政治のベルギー化は、よくないことなのか。短期的にはおそらく問題はない。だが長い目で見れば、政治の衰退は、停滞と腐敗、危機に直面したときの機能マヒを招く。

 ベルギーでも、チェコスロバキアのように国が分裂するのではないかと恐れる声がある。最近、誰かがeベイのネットオークションに「ベルギー王国」を売りに出したところ、最高入札価格はたったの1000万ユーロだった。笑うに笑えないジョークだ。

 日本の場合、問題はもっと深刻だ。裕福で友好的な国に囲まれているベルギーとは状況が違う。日本はNATO(北大西洋条約機構)やEU(欧州連合)のような強力なクラブのメンバーでもない。日本の近隣にあるのは、核をもった独裁国家や、巨大な人口を擁する超大国だ。

 しかもユーロ高のベルギーと異なり、円の価値は上昇していない。その結果、日本の企業や消費者の海外での購買力は強まらず、外国の投資家が日本で企業や不動産などを買収するハードルは低いままだ。

 ほとんどの状況で、日本は政治のリーダーシップがなくても問題ないだろう。危機に直面したとき初めて、政治の不在を痛感することになる。そしてそのときには、もう手遅れなのかもしれない。

[2007年11月21日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

タイ内閣改造、財務相に前証取会長 外相は辞任

ワールド

中国主席、仏・セルビア・ハンガリー訪問へ 5年ぶり

ビジネス

米エリオット、住友商事に数百億円規模の出資=BBG

ワールド

米上院議員、イスラエルの国際法順守「疑問」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中