コラム

「習vs.李の権力闘争という夢物語」の夢物語

2020年09月24日(木)10時00分

「異常さ」に気づいた2人のジャーナリスト

「権力闘争論」に対する寄稿文の批判には次のようなものもある。

「8月20日から23日にかけて、李克強は重慶における水害の視察に出かけた。一方、習近平は8月18日から20日にかけて安徽省の視察に出かけた。視察目的は安徽省の改革開放をさらに発展させようというもので、防災活動に従事している者やその犠牲者の家族などを慰問している。さて、この報道に関して権力闘争論者たちは、以下のように分析している。

――8月20日から23日まで、李克強の重慶視察に関して「人民日報、CCTV、新華社」という三大報道で一切報道しなかった。せいぜい国務院直属の「中国政府網」で報道させたに過ぎない。おまけに李克強は長靴を履いて泥にまみれているのに、習近平は災害が終わった後にのんびりと視察したという風情だ。これこそは「習近平vs.李克強の権力闘争」の決定的な証拠だ!

概ねこのような内容で分析し、大喜びなのである」

反論の要点は、人民日報や新華社通信などが8月20日から23日までは李克強の重慶視察を報じなかったのは通常のことであって権力闘争の証拠にはならない、というところにある。

この点に関して、この一件の異常さに気づいてまさに権力闘争の文脈で取り上げた別のジャーナリストがいる。日本経済新聞8月26日のコラムで同紙編集委員の中沢克二氏が、そして時事通信社解説委員の西村哲也氏が9月12日配信の「中国ウォッチ」で私と同様、李克強重慶視察報道の異常さに注目し権力闘争の文脈でそれを解説している。


長江の水害対策などを視察するため、習氏は夏季休暇明けの8月18~21日に安徽省を、李氏は同20~21日に重慶市を訪れた。最大の公式メディアである国営通信社・新華社は18日から連日、習氏の安徽視察を詳報。ところが、李氏の重慶視察は23日まで報じなかった。

李氏が6月に山東省、7月に貴州省を訪問した時は、いずれも最終日に新華社が伝えていた。つまり、今回は報道を2日遅らせたことになる。この遅れを分かりにくくするためか、新華社電は李氏の重慶訪問時期を「最近」とぼかした。

一方、国務院(内閣)弁公庁が運営するニュースサイト中国政府網は李氏の重慶視察を初日から報じた。共産党中央宣伝部の管轄下にある国営通信社と国務院の公式メディアで対応が分かれた。国務院は首相が率いているのに対し、党中央宣伝部は習派の黄坤明氏が部長を務めている。

このため、海外の中国語メディアでは『新華社の対応は李氏に対する嫌がらせではないか』『李氏が政治的に劣勢にあることを意味する』といった見方が出た。同じ水害に関係する習氏と李氏の視察時期が重なったことから、新華社が習氏の動向に注目を集めるため李氏の報道を後回しにした可能性はある。(時事ドットコムニュース・中国ウォッチ「習主席と李首相の確執露呈 不可解な公式報道相次ぐ」、西村哲也氏)

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

旭化成、スウェーデンの製薬企業カリディタス買収 約

ビジネス

三菱重、累進配当を導入 株主還元1.8倍の2800

ビジネス

トヨタ・マツダ・スバルが新型エンジン開発、電動車と

ワールド

政府・与党、25年度のPB黒字化目標堅持で調整=骨
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 2

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 3

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃がのろけた「結婚の決め手」とは

  • 4

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 5

    汎用AIが特化型モデルを不要に=サム・アルトマン氏…

  • 6

    カミラ王妃が「メーガン妃の結婚」について語ったこ…

  • 7

    プーチンの天然ガス戦略が裏目で売り先が枯渇! 欧…

  • 8

    エリザベス女王が「誰にも言えなかった」...メーガン…

  • 9

    コンテナ船の衝突と橋の崩落から2カ月、米ボルティモ…

  • 10

    トランプ&米共和党、「捕まえて殺す」流儀への謎の執…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 3

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 4

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃…

  • 5

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 6

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」.…

  • 7

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 8

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 9

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレ…

  • 10

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story