コラム

カタール孤立化は宗派対立ではなく思想対立

2017年06月23日(金)16時40分
カタール孤立化は宗派対立ではなく思想対立

サウジ、UAEを軸にカタール包囲網はみるみる広がった(写真はカタールの首都ドーハ中心部の遠景) Naseem Zeitoon-REUTERS

<イラン対サウジの対立を「シーア派対スンニ派」の宗派対立と表現するメディアもあるが、実際の構図は「イスラム主義対保守的権威主義」の思想対立>

サウディアラビアの皇太子交代のニュースは、衝撃をもって世界を駆け巡った。サルマン国王の息子、ムハンマド・ビン・サルマンが副皇太子の地位でありながら、実質的にサウディの若き指導者であることは、誰しもわかっていた。だが、従弟たるムハンマド・ビン・ナーイフをわざわざ皇太子の地位から外してまで、今、次期国王の名乗りを挙げる必要は、何だったのだろう。そこにニュースに接した筆者たちの驚きがあった。

なによりもカタールと断交し、イランとの間に緊張が高まる現状での出来事である。ムハンマド・ビン・サルマン(一般にMbSと略されている)が対イラン、対カタール強硬派であることは、よく知られている。カタールがサウディを主導とするアラブ諸国から孤立させられている件については、多くの中東研究者は「ラマダン明けには事態は収拾しているのでは」と楽観視する向きが強かったが、MbSが大手を振ってのご登壇となれば、それも怪しい。

サウディ王室の内部事情については、湾岸情勢の専門家たちに任せるとして、カタール対サウディの対立の深化について、考えてみたい。前回指摘したように、カタール首長がイラン擁護ともとれる発言をしたことを契機として、みるみるカタール包囲網が成立した。サウディやUAEなどの湾岸諸国のみならず、エジプトやモーリタニアなど、サウディの経済援助を受けているアフリカの国々が軒並み、カタールとの断交を決めた。

カタールの容疑は、イランとのつながりというよりはムスリム同胞団に対する政策で、「ムスリム同胞団を支援するカタールこそがテロ支援国家だ」との非難が、アラブ諸国のメディアで吹き荒れている。サウディがカタールと断交した翌日には、トランプ米大統領はこう言ってサウディの決断を支持した。「この間私が中東に行って、カゲキなイデオロギーに資金援助する奴はお終いだ、と言ったとき、そこにいた中東の指導者たちはカタールのことを指さしたもんさ!」

【参考記事】サウジ皇太子交代でトランプの中東外交はどう動く

サウディ対カタールの関係悪化に並行して、イランとサウディの関係もますますきな臭くなっている。トランプのサウディ訪問、イスラーム諸国会議開催の直後から、それぞれの国のメディアはお互い非難合戦を始めていたが、6月半ばにサウディがイラン革命防衛隊隊員を拿捕した(イラン側は拿捕されたのは漁師だと言っている)と発表した。

イランはイランで、「ISを攻撃する」としてシリアに向けてミサイルを発射したが、サウディアラビアまでミサイルを飛ばせるのだぞ、といったメッセージだっただろう(もっとも、結局はイラク国内に落ちたり目標から大きく外れたりしたらしいが)。

そのような展開を受けて、いまだにイラン対サウディの対立を「シーア派対スンナ派の宗派対立」と表するメディアが少なくないのは、困ったものだ。カタールがサウディと険悪になった時点で、すでに宗派対立の構造を大きく逸脱している。カタール人口のほとんどがスンナ派イスラーム教徒であることは言うまでもないが、支配家たるサーニー家はもともとサウディのナジド出身で、ワッハーブ派の影響を受けた一族だ。宗派的にはシーア派とほとんどかかわりがない。これまでカタールとイランの間に特段の依存関係はなかった。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
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