コラム

プールの水出しっぱなしで教員に水道代を自腹請求、問題の3つの背景

2023年08月30日(水)14時40分

第2の問題は、こうした「水道栓の管理リスク」という重荷を教員に負わせることは、日本の教育の伝統である「プール指導」を「終わらせる理由」になりうるということです。プール指導については、海洋国家であり河川にも恵まれている日本では、子どもの水難を防止しつつ体力づくりに資するために、長年多くの地方で定着させてきました。

ですが、近年、熱中症などの安全リスクや、日焼け止め使用の可否、男女共同での指導などをめぐる議論で教員が疲弊するなど、様々な問題が出ています。その結果として、プール指導を「民間の施設」に外注したり、予算に限りのある学区では断念するところも出てきています。今回の問題で対応を誤ると、この「プール指導廃止」を加速させることになりかねません。

第3の問題は、水道事業の経営です。今回問題になった川崎市の場合は、過疎化と言える状況では全くありませんが、全国には過疎化のために水道事業の見通しができなくなっている自治体が多くあります。水道管の更新が出来ないので、タンク給水でしのごうとか、思い詰めて民営化を検討する中で対立が激しくなって立ち往生するケースもあるようです。

今回の問題も、水道事業としては「間違って大量に水を流してしまった」場合に、特に水不足でもない限りは「学校は公的事業だし割引など寛大な対応を」検討することができるかというと、難しいと思います。ギリギリの経営をしている中では、そんな余裕はないのです。

福田市長に関しては、少し以前の公務員に厳しい世論の流れに乗ろうとしたら、直近の世論が持っている教員への強い同情の流れに阻まれた、そんな認識を持っているかもしれません。仮にそうだとしたら、それは市長の仕事とは違うと思います。

今回の問題は、教員の疲弊、プール指導の終焉という可能性、そして水道事業経営の疲弊という3つの問題が絡み合っているという指摘が可能です。この3つの問題をふまえたうえで、最適解を提案しつつ関係各方面と世論とコミュニケーションしながら決定へと持っていくのが市長の仕事だと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか

ワールド

北朝鮮の金総書記、核戦力増強を指示 戦術誘導弾の実
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story