コラム

プールの水出しっぱなしで教員に水道代を自腹請求、問題の3つの背景

2023年08月30日(水)14時40分

「プール指導廃止」を加速させかねない? jaimax/iStock.

<理不尽な負荷が重なっている現場の教員に、世間は心からの同情を寄せている>

川崎市の市立小学校で、教諭がプールに注水する際に誤って数日間水道の栓を閉めず大量の水を流出させた問題で、市がその教諭と上司である校長に水道代金の半額にあたる95万円を支払うよう求めたそうです。

これに対しては「先生個人に支払わせるのはかわいそう」といった批判が市教育委員会に寄せられたようですが、川崎市の福田紀彦市長は「過失の責任は取らないといけない。他の自治体の例から、自腹での半額の支払いが妥当だと報告を受けている」などと主張しており、この発言が更に批判を浴びる事態となっています。

それはともかく、この種の事件で業務上発生したミスによる、金銭的な損失をミスを犯した本人に個人的に負担させるとか、形式的にその上司にも払わせるというのは、良いこととは思えません。

少なくとも、まともな民間企業であれば、直接弁済させることはせず、その代わりに人事考課にマイナスの評価として記録すると思います。また、再度同じようなミスを発生させないような教育研修の対象とするかもしれません。将来大きな功績があれば帳消しにするし、反対に再度似たようなミスを発生させたら、重要な責任を担うポジションへ回すのには慎重になるなど、金銭面ではなく人事配置や育成の観点から対処すると思います。

アメリカ的な人事であれば、むしろ「セカンドチャンス」を積極的に与えて、そこで立ち直り、期待以上のパフォーマンスを実現させるようにします。そうして本人の自信と周囲の評価を一気にプラスに持っていくのです。その代わり、2度目のチャンスで失敗するようであれば、厳しい人事が待っているかもしれません。

世間は教員の味方に

では、個人的に負担させるというのは、何が問題なのでしょうか? 3つ指摘したいと思います。

その前に、あくまで一般論ですが、「自腹を切らされた」ことを納得しない場合に、公私混同を正当化する心理が生まれる可能性が指摘できます。その延長で「被害金額を個人ではなく連帯責任で頭割りしよう」という考え方、あるいは「理不尽な弁済が予測されるので、予め少しずつみんなでカネをプールしておこう」、更には「バレない範囲で、裏金を作って誰も不幸にならないようにしよう」などという発想へとエスカレートする場合もあるでしょう。

ですが、恐らく教員の世界には、過去の一部の警察組織にあったように、「裏金」を作って自腹を回避するという、悪質でふてぶてしいカルチャーはないのだと思います。

問題の第1はそこにあります。もしかしたら「明日は我が身だから、みんなで分担しよう」などと音頭を取る人もいない中で「ミスした教員はカネを払わされてかわいそうだが、どう声をかけていいか分からない」などと、漠然とした暗いムードが職員室を支配しているかもしれません。

その上で、教員たち個々人は膨大な仕事の中で何も動けず、家族からは「自腹を切らされるようなミスは困る」とクギをさされたり、「もうそんな職場は辞めたら」などと言われたり、静かにメンタルをすり減らしているのかもしれません。

今回の件で、世論が教員の味方をしつつあるのは、そうした「大変さ」を理解しながら、心からの同情を寄せているからです。教員の世界というのは、理不尽な負荷が重なっている現場であり、今回のことはその上に更に教員を追い詰めるかもしれない、そんな認識です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=まちまち、FOMC受け不安定な展開

ワールド

英、パレスチナ国家承認へ トランプ氏の訪英後の今週

ビジネス

NY外為市場=ドル下落後切り返す、FOMC受け荒い

ビジネス

FRB0.25%利下げ、6会合ぶり 雇用にらみ年内
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story