コラム

岸田首相の「リモートぶら下がり会見」のシュールな光景

2022年08月24日(水)14時00分

デジタルツールをうまく使いこなせていない?(写真はイメージです) bernie_photo/iStock.

<効率化が実現できるデジタルツールを、強引にアナログ空間に押し込めようという究極の非効率>

新型コロナウイルスで陽性反応が出たために、首相官邸で隔離療養しながら公務を続けている岸田首相は、23日にリモートでの「ぶら下がり会見」を行いました。リモートというのであれば、記者もリモート参加し、映像もビデオ会議のアプリから生成されると考えるのが常識ですが、そうではありませんでした。

官邸内に設けられた会場には、大型モニターが設置されて総理の顔はそこに映し出されていました。その映像を官邸記者クラブの若手記者が左右に分かれて覗き込んでおり、記者が前に出過ぎないように、ご丁寧に赤いロープのバリアが設置されていました。

テレビや新聞の映像は、そのような記者たちのリアルな様子と、彼らに見守られたモニター上の岸田首相の顔の全体を紹介していました。結果的に、極めてシュール(超現実的)な、不思議な映像になっていました。何が不思議かというと、モニター上の仮想空間にいる総理と、大真面目でその映像を見つめる記者の姿の対比というのが、かなり強烈な「不自然さ」を醸し出していたからだと思います。(リモート会見を報じる記事)

では、その光景はどうして「シュール」だったのかというと、2つ指摘ができると思います。まず、デジタルという「簡素化・合理化」を実現できるツールを、アナログ空間に押し込めるという究極の非効率が、ごまかしようのないレベルで表現されていたからです。もう1つは、両側に並んだ記者と、中央のモニター上の総理という構図が示す「形式性」であり、そこには総理と記者の決定的に非対称な関係性が投影されています。この2つがシンクロすることで、押しても引いても変わらない、この社会の絶望的な保守性のようなものが構図からストレートに刺さって来ます。シュールというのはそのような意味です。

どうしてこんなことになったのでしょうか。原因としては3つ考えられると思います。

問題意識の欠落

1つは、官邸、そして首相自身、さらには官邸記者クラブなど関係者の全てが、この構図が「シュール」だとか「違和感を感じる」という感性を持っていないということです。このシュール感は圧倒的なので、これは「おかしい」という感性があれば、あの手この手で阻止しようとするはずですが、結果的にこんな形になってしまったというのは、周囲に問題意識のある人がいなかったのだと思います。

2つ目は、総理の健康問題です。ただでさえ支持率低下に悩んでいる岸田政権としては、首相の健康問題でさらに内閣への支持が下がるというのは何としても避けねばなりません。であるならば、「健康問題で公務に支障が出てはならない」ということになります。その結果「通常のぶら下がり会見」と「同じこと」を支障なく実施できている、ということにこだわった可能性はあります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

マレーシアGDP、第3四半期速報は前年比+5.2%

ビジネス

英、財政バッファー拡大にはトレードオフ必要=財務相

ワールド

英MI5長官、AIの脅威に警鐘 プロパガンダや選挙

ワールド

ペルーで新大統領に抗議デモ、1人死亡 負傷者多数
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    間取り図に「謎の空間」...封印されたスペースの正体…
  • 5
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 6
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 7
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    ホワイトカラーの62%が「ブルーカラーに転職」を検討…
  • 10
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 1
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 2
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 3
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 4
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story