コラム

「健康危機管理庁」構想、役所を作れば改善するのか?

2022年06月01日(水)11時30分

日本はこれまで「ウィズコロナ」に近い形で新型コロナに対応してきた Eugene Hoshiko/Pool/REUTERS

<日本の感染対策の問題点は、指揮命令系統などの組織ではなく、法律と制度にある>

新型コロナウイルス感染拡大に関しては、オミクロン株による拡大がゆっくり沈静化しています。パンデミック入りして以降の感染者数や死亡者数に関して、日本は人口比で欧米の10分の1という水準で推移しています。政策としては強制ロックダウンを行わず、どちらかと言えば「ウィズコロナ」に近いわけですが、被害をここまで抑え込んでいるというのは、衛生概念の浸透、つまり政策よりも、国民の「現場力」の成果だと思います。

政府も同様の認識のようで、この間の政策的な対応に関しては反省点が多いという認識はあるようです。例えば、参院選を目前にして、岸田政権はあらためて「健康危機管理庁」構想を公約に掲げる検討を進めているようです。これも、自宅療養の患者が死亡する事例など、いわゆる「医療崩壊」に関しては、政策面の改善で防げるのではという認識があるからだと思います。

ところで、「あらためて」と言うのは、この構想は一度提案された経緯があるからです。岸田首相は、2021年9月に自民党総裁選に出馬した際に新型コロナ感染症対策の「岸田4本柱」の1つとして、「健康危機管理庁」の構想をブチ上げていたからです。

ですが、総裁選に勝って首相に就任した後、この構想はトーンダウンしていました。総裁選の際には「感染症対策の司令塔」を作るという意気込みで「目玉政策」としていたものの、実際に組織を作るとなると既存の省庁との役割分担や、中央と地方の権限の調整などが難しく、組織をあげて「先送り」モードになっていました。ところが、良くも悪くも「ブレない」姿勢にこだわる岸田総理は、参院選を前にして再びこの構想を口にし始めたのです。

硬直しているのは日本の法制度

では、そのような「司令塔」を作れば感染対策が効率化され、仮に次の大きな「感染の波」が来たとしても、医療崩壊を防ぐことができるのかというと、それは違うと思います。問題は、指揮命令系統などの組織論ではなく、法律と制度にあるからです。

例えば、免許制度の問題があります。日本の場合は、医師、看護師、薬剤師などの免許が厳格に決められています。ですから、例えばワクチンを接種する、治療薬を処方するといった業務は、免許がなければ実施できません。ワクチン接種にあたって、欧米では当たり前となっている薬剤師による接種を例外的に認めるのがやっとであり、どんなに医療が崩壊していても、免許制度を柔軟に運用することはできません。

これは、医師会などの団体の既得権益を守るための制度という議論があります。ですが、それ以前の問題として、医療行為における責任の所在をはっきりする、つまり免許制度を緩めることはしないということが「生命の尊重」だという法体系がある、これが本質だと思います。

例えば2020年の第一波の際がそうでしたが、アメリカの場合は「通常診療をほぼ停止」してコロナ重症患者の治療に専念した時期がありました。内科医も、外科医も、歯科医も1週間はコロナ、1週間は通常診療というローテーションに自動的に参加させられていた、そんな州もありました。緊急性の低い手術などは、全て延期されてもいました。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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