コラム

クロアチア:憎しみが支配する場所で、愛が最優先されることは可能か

2016年11月15日(火)17時20分

深く結びつけられる根源的な力

 そんな流れのなかで、まず注目したいのが紛争の緊張や紛争の傷跡とはがらりと雰囲気が変わる第3話だ。マタニッチ監督は、市場経済による変化を強く意識している。物語は、ルカを強引に誘って車で故郷に向かう友人が、ヒッチハイクする女性たちをナンパする場面から始まり、レイブパーティが臨場感溢れる映像で描き出される。ルカを取り巻く仲間たちは、歴史とは無縁に生き、ドラッグでハイになり、強烈なリズムに乗って踊り狂う。そして、マリヤに拒絶されたルカも、重い過去から逃れるために熱狂の渦に身を投じ、ドラッグとセックスに溺れかける。

 しかしそこで、3組の男女の密接な繋がりから生まれる力がルカに作用し、彼を覚醒させる。但しそれは、3組の男女を同じ俳優が演じていることだけを意味するわけではない。物語の舞台がアドリア海に面した土地で、季節として夏が選ばれているのは偶然ではない。先述した『No One's Child』と設定は異なるが、この映画でも、紛争とは無関係な自然と主人公たちが深く結びつけられ、彼らから根源的な力が引き出されている。

 3つの物語では明らかに陸地と海が対置されている。陸地には見えない境界線が引かれ、主人公たちを隔てるが、海にはそれがない。第1話は、イェレナとイヴァンが海水浴を楽しむ場面から始まり、第2話では、ナタシャの頼みをアンテが断りきれず、ふたりで海に入って解放感を味わう。そして、自分を見失いかけたルカもまた海に入ることによって覚醒する。だが、この人物を安易にルカと決めつけることはできない。むしろ、境界のない海でイヴァン/アンテ/ルカがイェレナ/ナタシャ/マリヤへの愛を確認すると表現すべきだろう。

 『灼熱』では、先述した『Panama』と逆のことが起こる。市場経済に取り込まれ、歴史とは無縁に生きる『Panama』の主人公は、本当の彼女に触れることができない。『灼熱』では、実際に映画を観ればわかると思うが、幻影が実体に至る道しるべとなり、融合した男女は、歴史と向き合い、悲劇を乗り越えていく。


監督:ダリボル・マタニッチ
公開:11月19日、シアター・イメージフォーラム他全国順次ロードショー
(C) Kinorama, Gustav film, SEE Film Pro

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:値上げ続きの高級ブランド、トランプ関税で

ワールド

訂正:トランプ氏、「適切な海域」に原潜2隻配備を命

ビジネス

トランプ氏、雇用統計「不正操作」と主張 労働省統計

ビジネス

労働市場巡る懸念が利下げ支持の理由、FRB高官2人
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 3
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿がSNSで話題に、母親は嫌がる娘を「無視」して強行
  • 4
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 5
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 6
    オーランド・ブルームの「血液浄化」報告が物議...マ…
  • 7
    【クイズ】2010~20年にかけて、キリスト教徒が「多…
  • 8
    これはセクハラか、メンタルヘルス問題か?...米ヒー…
  • 9
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 10
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 8
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 9
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 10
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 7
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 10
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story