コラム

米経済学者のアドバイスがほとんど誤っている理由

2016年10月02日(日)22時06分

 実際、このような賃金調整が必要なところでは、調整は行われており、人手不足の都心部の外食チェーンなどの時給は10%から20%上がっている。それが経済であって、政府が賃金を10%上げて経済がよくなるとは、経済学の教科書にすら、どこにも書いていない、机上の空論としても誤りの政策だ。

 また、日銀の今回の金融政策の枠組みの変更が悪い理由は、これでは緩和にならない、というものだ。

 これも確信犯なのか、単なるレトリックなのか、わからないが、それが日銀の狙いだから、批判にすらなっていない。

 今、日本経済に緩和拡大は必要がないし、金融市場の状況からすれば、何としても緩和縮小、国債買い入れ拡大の縮小(減速)を行わなければならない。だから、日銀の今回の量から金利へというのは、もちろん正しく、日銀は、政策に対して責任を持っているだけに、最後の一線は何としても死守する意思をみせたのは高く評価できる。

永久に緩和をやめられなくなった日銀

 ただ、実際に死守できるかは、難しいところもある。つまり、今回の政策の枠組み変更は、国債買い入れは縮小したいが、経済への影響として、金融引き締めと思われてはいけないので、国債を買い増すことで景気を良くする、と言ってきた政策から、国債を買い増すことは減らすが、景気には中立的だ、という政策に移行したことをなんとか主張したい、という執念の政策である。この執念をわたくしは高く評価するし、日銀はさすがだと思うのだが、実際には、引き締めではない、ということのために、長期金利をゼロに固定してしまい、しかも、それをほぼ永遠に続ける、インフレ率が2%を安定的に超えるまで続ける、と約束してしまったために、緩和を永久にやめられないことになってしまったことが問題だ。

 私が「永久緩和」と名付けたこの政策は、現状では、セカンドベスト、日銀としては、ナイフエッジのようにこれしかないのであり、素晴らしいが、それでも、結局、この緩和の出口はないことがはっきりしてしまった、という問題点がある。

 ただ、日銀が恐れたのは、経済に対しての悪影響よりも、株価や為替が暴落(円は上昇)することで、実体経済は二の次だった。実際には、実体経済はそれほど悪くはないし、金利が上がっても0.1%程度であれば実質的な影響はゼロなので、要は、投機家の亡霊を恐れていたということだろう。

 したがって、日銀は、これでは異常に緩和しすぎたことへの歯止めとしては力不足という経済をよくわかった専門家からの批判、経済に関心のない相場師たちの暴動は恐れていたはずだが、一流の経済学者から緩和にならないから駄目だと言われるとは思わなかったし、言われても、あまりに的外れなので相手にはしないだろう。

プロフィール

小幡 績

1967年千葉県生まれ。
1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現財務省)入省。1999大蔵省退職。2001年ハーバード大学で経済学博士(Ph.D.)を取得。帰国後、一橋経済研究所専任講師を経て、2003年より慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應ビジネススクール)准教授。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。新著に『アフターバブル: 近代資本主義は延命できるか』。他に『成長戦略のまやかし』『円高・デフレが日本経済を救う』など。

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