コラム

米経済学者のアドバイスがほとんど誤っている理由

2016年10月02日(日)22時06分

 現実的に最大のポイントは、なぜそこまでしてインフレ率2%を達成しなければならないのか、という問題に尽きる。インフレ率が1%よりも2%の方が良い理由はいくつかあるが、しかし、それはどんな犠牲を払ってでも実現しなければならないことではないことは議論の余地がない。したがって、そのトータルのコストベネフィットを議論せずに、ただ2%を実現するための提案は、どんなものであっても問題外なのである。

 そして、最大の問題は、インフレ率が高めの方が望ましい、2%あるいは3%の方が望ましいという、この数百年で初めて出てきた議論の、学問的にも、現実経済においても重要なポイントは、長期的な成長率の低下により、望ましい実質利子率(経済学の今の流行で言えば中立利子率:現状で景気が減速も加速もしない利子率、あるいは需給がバランスする利子率)がマイナスに落ち込んでいるから、名目利子率がゼロ以下では弊害があり、ゼロが長期的な水準としては下限であるならば、インフレ率が高くないと、望ましい実質利子率に到達できない、というところだけがポイントなのである。

 実際、米国経済学会においては(あるいは、その中の少なくともまともな人々だけは)、この点だけが大きな議論となっており、テクニカルな金融政策、ましてやヘリコプターマネーは、極東の未開の地の日本で行われている呪術として面白い話題となっているに過ぎない。

 ローレンス・サマーズ元米財務長官の長期停滞論が正しいのか、所詮、短期的な生産者の都合として供給過剰になったのをなんとか需要で解消してもらいたいという、実体経済バブル後の処理の願望なのか、もちろん後者はわたくしの意見であるが、という論争が必要なのであって、日銀の金融政策は、もはや実質的には議論する余地はないのである。

*この記事は「小幡績PhDの行動ファイナンス投資日記」からの転載です

プロフィール

小幡 績

1967年千葉県生まれ。
1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現財務省)入省。1999大蔵省退職。2001年ハーバード大学で経済学博士(Ph.D.)を取得。帰国後、一橋経済研究所専任講師を経て、2003年より慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應ビジネススクール)准教授。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。新著に『アフターバブル: 近代資本主義は延命できるか』。他に『成長戦略のまやかし』『円高・デフレが日本経済を救う』など。

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