コラム

誰が金融政策を殺したか(後半)

2015年09月29日(火)18時28分

 なぜなら、その後、量的緩和は、金融市場の機能不全が解消した後も、単に資産価格維持のために、いや、投資家達の運用難を解消するために、欧州危機の前の欧州国債を提供し、量的緩和という金融政策の動向に対する予測を市場で揺り動かし、市場のボラティリティーを作ってトレードで利益を稼ぐ機会を提供してきた。ヘッジファンドやCTA(Commodity Trading Advisor)と呼ばれる、要はモーメンタムを求めてセクターローテーション(投資対象を業績のいい産業に転々と移す投資)を行うファンドや、アルゴリズムにより短期の変動で利益を上げるHFT(High Frequency Trading)などの投機家達を儲けさせてきた。要は、量的緩和は彼らの食い物となったのである。

インフレ率に意味はない

 しかし、現在の金融政策を混乱させている真の真犯人は別にいる。それは、経済学者である。正確に言うと、経済学を真に分かっていない経済学者とその信奉者である。

 経済学者が生み出した最大の誤りは、物価およびインフレ率に意味があるとしてしまったことである。

 もちろん、インフレも物価水準も何の意味もない。それに命を吹き込み、神格化してしまったのは、経済学者達なのである。

 インフレに意味があるとすれば、ハイパーインフレになって価格体系を乱す、という意味において有害であるだけのことである。それ以外に意味はないのだ。

 これは、本来の経済学は認識していた。価格の絶対水準には意味がなく、相対価格だけが意味を持つということを。それが、マクロ経済学が誕生し、マクロ現象が起きる中で、実際に物価というものが実体経済に影響するのを目の当たりにした人々と経済学者は、物価が極めて重要であると思い込んだ。

 これは、実は、様々な基本的な議論から深遠な議論まであり得るから、こう断定するのは、それも誤りである。ミクロとマクロの合成の誤謬あるいはその典型例としてのバブルなど、もっとも重要でもっとも興味深い問題であることも事実である。

 しかし、ここでは、その議論は直接は関係がない。少なくとも、金融政策においては、物価は安定すること自体が重要であり、物価水準自体は重要でないのだ。ミクロ経済学が言うところの価格体系の安定性あるいは人々の予想と整合的な価格体系の安定性が重要であって、予期されている物価の変化は意味を持たない。

 しかし、このまっとうな経済学を金融政策に悪用した経済学者達がいた。

プロフィール

小幡 績

1967年千葉県生まれ。
1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現財務省)入省。1999大蔵省退職。2001年ハーバード大学で経済学博士(Ph.D.)を取得。帰国後、一橋経済研究所専任講師を経て、2003年より慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應ビジネススクール)准教授。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。新著に『アフターバブル: 近代資本主義は延命できるか』。他に『成長戦略のまやかし』『円高・デフレが日本経済を救う』など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

神田財務官、介入有無コメントせず 過度な変動「看過

ワールド

タイ内閣改造、財務相に前証取会長 外相は辞任

ワールド

中国主席、仏・セルビア・ハンガリー訪問へ 5年ぶり

ビジネス

米エリオット、住友商事に数百億円規模の出資=BBG
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 7

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story