コラム

政府債務はどこまで将来世代の負担なのか

2017年07月20日(木)19時00分

tobiasjo-iStock

<増税などを早期に行って日本の財政を健全化すべきという主張には、政府債務の将来世代負担論=老年世代の食い逃げ論がある。今回は、その問題を考察する>

政界や経済論壇では、増税の是非をめぐる議論が再び活発化している。これまでの増税必要論の多くは、日本財政の破綻可能性を根拠としていた。筆者は本コラム「健全財政という危険な観念」(2017年6月27日付)において、そのような批判は基本的に的外れであることを論じた。

日本の政府財政が本当に破綻に向かっているのであれば、そのことが国債市場に反映されて、リスク・プレミアムの拡大による国債金利の上昇が生じているはずである。しかし現実には、1990年前後のバブル崩壊以降の持続的な「財政悪化」にもかかわらず、日本国債の金利は傾向的に低下し続けてきた。これは、少なくとも市場関係者たちの大多数は、日本の財政破綻というストーリーをまったく信じていないことを意味している。

それに対して、国債金利がこれまで低下してきたのは、単に日銀が国債を買い入れる「財政ファイナンス」を行っているからであり、そのような「不健全な」手段によって財政赤字を隠蔽しているからにすぎないという主張も存在する。

確かに、黒田日銀が国債の買い入れを拡大したことが国債金利のより一層の低下につながったというのは、まったくその通りである。そもそも、異次元金融緩和政策の目的の一つは、長期国債等のリスク・プレミアム低下をうながし、市場金利を全体として引き下げることにあった。つまり、国債金利の低下は、単に金融緩和政策の効果が目論み通りに発揮されたというにすぎない。

日銀の国債買い入れを批判し続けてきた論者たちはしばしば、そのような「財政ファイナンス」が行われれば、政府の財政規律が失われ、国債金利が上昇し、財政破綻やハイパーインフレが現実化すると論じてきた。しかし、現実に起きたことは、まったくその逆であった。彼ら財政破綻派は少なくとも、日銀の国債買い入れによって国債金利は急騰するというその脅しめいたストーリーが誤っていたことは認めるべきであろう。

ところで、増税などを早期に行って日本の財政を健全化すべきという政策的主張には、より慎重に考慮されるべき、もう一つの論拠が存在する。それは、「政府債務は将来世代の負担であるから、現世代は可能な限りそれを減らすべき」とする、政府債務の将来世代負担論である。本コラムではその問題を考察する。

通説としての「老年世代の食い逃げ」論

政府が財政支出を行い、それを税ではなく赤字国債の発行で賄うとしよう。つまり、政府が債務を持つとしよう。そして、政府はその債務を、将来のある時点に、税によって返済するとしよう。

このような単純な想定で考えた場合、増税が先延ばしされればされるほど、財政支出から便益を受ける世代と、それを税によって負担する世代が引き離されてしまうことになる。これが、通説的な意味での「政府債務の将来世代負担」である。

経済をモデル化する一つの枠組みに、若年と老年といった年齢層が異なる複数の世代が各時点で重複して存在しているという「世代重複モデル」と呼ばれるものがある。政府債務の将来世代負担論は、この枠組みを用いるのが最も考えやすい。

そこで、仮に老年世代の寿命が尽きたあとに増税が行われるとすれば、彼らは税という「負担」をまったく負うことなく、財政支出の便益だけを享受できることになる。そして、その税負担はすべてそれ以降の若年世代が負うことになる。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

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